常識と非常識はあいまいなもの


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

常識と非常識はあいまいなもので、常識に間違いなどない思い込みを現代日本人がして、それがまさしく本当の間違いである。
かつて天動説と神々が生物を作ったとキリスト教で教えて、それが当時の常識だが時代がたって地動説と進化論が常識となったのに注目すると、過去と現在において常識が入れ替わった。
大切なのは常識にも非常識にも正解と間違いがあって、互いに入れ替わることがあるという事実である。

考古学会において赤土(関東ローム層)から石器を岩宿遺跡で発掘した相沢忠洋は、赤土から石器が出土するという信念を持って、コペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)を起こしたことで、当時の考古学者が赤土から石器が出土しない固定観念・先入観に捕らわれた事実を示した。
赤土から石器が出土しない固定観念・先入観に捕らわれた考古学者は、当時の考古学会にそれが常識だと教えて、僕の教える常識・固定観念・先入観・理屈・伝統が根本的につながる。
コペルニクス的転回は僕の得意とする考え方で、地動説と進化論と相対性理論なども含んでかなり難しいと考えるかもしれないが、意外に簡単に見つけられる考え方が大切である。
常識・固定観念・先入観・理屈・伝統はその中に非常識が眠っていて、赤土から石器が出土しない固定観念・先入観に捕らわれたのが当時の考古学会の常識で、石器を岩宿遺跡で発掘した相沢忠洋が捕らわれたのが非常識である。
常識と非常識が入れ替わるのは過去も現代も同じで、コペルニクス的転回を得意とする僕でも当たり前のように常識に捕らわれる。

「埴輪(はにわ)」の章に記したが、特殊器台土器が吉備(きび;岡山県と広島県東部)で作られた時、垂仁(すいにん)天皇の息子の祖別命(みおやわけのみこと)が吉備を平定して、垂仁天皇の皇后の日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)陵に特殊器台土器にヒントを得て初めて埴輪を立てたことが『日本書紀』から分かる。
特殊器台土器が吉備で初めて作られて、その後に出雲で一時的に特殊器台土器が立てられて、前方後円墳の出現と共に姿を消して、特殊器台土器にヒントを得て箸墓(はしはか)古墳で特殊器台埴輪が初めて立てられて考古学的証拠として出土した。
特殊器台土器にヒントを得て日葉酢媛命陵で初めて立てた埴輪は、最古の土師器(はじき)で土師(はじ)氏の始祖で3代目出雲国王の野見宿禰(のみのすくね)が提案したもので、土師器と土師氏が重なるのが偶然で必然でもある。
最古の土師器は最古の前方後円墳の纏向石塚古墳で出土して、垂仁天皇陵に埴輪が立てられた記述から推定して、最古の土師器が最古の埴輪と考えられる点にある。
僕の常識では垂仁天皇陵の纏向石塚古墳から最古の特殊器台埴輪が出土すると考えたが、これだけ発掘しても見つからないなら、僕の常識に間違いがあると考えるのが自然で、そこから考えて最古の土師器が埴輪に当たると考えて、常識と非常識があいまいなものなのが間違っていない。
考古学会は弥生時代の墳丘墓で、墳丘周辺で副葬品の見られない埋葬施設があって、殉葬が行なわれた可能性が考えられるが、日本人がそんな野蛮行為をしたと信じたくない固定観念・先入観が働く。
考古学会は殉死(じゅんし)を否定するが、西暦80年代から垂仁(すいにん)天皇28年(西暦179年)まで殉死が行なわれたのが事実で、『魏志倭人伝』と『日本書紀』と『ホツマツタエ』で殉死の記述がある時、考古学的証拠が出土しない真実や事実だけが残って、正しいことを理解していないのは考古学会である。

常識と非常識はあいまいなものなのが、天動説と神が生物を作ったと信じた昔の人と地動説と進化論を信じる現代人、当時の考古学者と相沢忠洋や現代考古学者、自分の常識を何度もくつがえしてきたアインシュタイン博士以上の天才の僕だろうと変わらない。
常識と非常識の区別などあいまいなもので、勝手に他人が区別してこれが常識でこれが非常識だと言っただけで、根本的に自分も他人も間違ったとも気付いていないのが現状である。
何を持って常識人と言うのか疑いたくなるのが僕で、常識と非常識に間違いがあるのを知るから僕は自分が常識人だと言わない。

常識は現代文明が単一で歴史を作って、非常識だと超古代文明が存在して後世の文明に影響を与えたとするが、常識と非常識があいまいでどちらが正しいのか分からないのが真実である。
正統『竹内文書』の雑伝によれば「アー大陸」と「ウン大陸」が沈んだ伝承が古代天皇家時代にあって、超古代文明のアトランティス大陸とムー大陸と考えて間違いないだろうが、アトランティス大陸とムー大陸の伝承が伝わった後に作られた伝承かもしれない。
他にも正統『竹内文書』には縄文時代が古代天皇家の先祖の時代で、エジプト文明やメソポタミア文明を発祥させて、その後に日本に帰って来た伝承などもあって、どこまで信用すれば良いか分からない口伝(くでん)が多くある。
しかし古代天皇家の歴史や過去を研究する僕からすれば全てを否定できるわけでもなく、むしろ正統『竹内文書』の一部の伝承でなく全容に興味が尽きず、早く73世の武内宿禰(たけのうちのすくね)の竹内睦泰(むつひろ)氏と対談したい。
ギザの3大ピラミッドは現代建築技術でも作成不可能と言われるほどのもので、マグニチュード7から8の地震にも耐えるほどの構造と言われて、それがエジプト文明の稚拙(ちせつ)な道具で本当に作られたと信じるのか?
階段ピラミッドから始まった幼稚な技術は、時代のレベルを超越してギザの3大ピラミッドで最高点に達して、それ以降の時代のピラミッドが技術の衰退が見られて崩壊したのがおかしいと思うのが自然である。
常識と非常識はあいまいで、そこに明確な定義付けをしようというのが間違いである。

常識と非常識はどんな天才だろうと正しいか間違いかなど決められず、僕でもいまだに常識に捕らわれる自覚があって、それをコペルニクス的転回「自己認識の再構築」によって払拭(ふっしょく)しているが、いまだに正しい答えに至る道が険(けわ)しくて仕方ない。
現代哲学理論「現象学」は全ての考えが「思い込み」で成立して、「思い込み」の中に真実や事実があって、それを見極めるのが人間の役目で、常識にも非常識にも正しいものと間違ったものがあるのが真実である。

<参考文献>
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
『正統『竹内文書』の謎』
竹内睦泰・著者 株式会社学研パブリッシング・発行

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