「記紀」の現代語訳を読んでの違和感


「記紀」の現代語訳を読んで感じる違和感は、世界でただ一人の日本神話を完全解釈したりできるアインシュタイン博士以上の天才の僕が、凡人や専門家(考古学者と歴史学者と歴史家)との感じ方が全く違うと考えられる。
これは言葉で説明しても分かるか難しいが、僕が2002年10月頃に「記紀」の現代語訳本を読んだ瞬間(僕が歴史研究を始めた時)から僕と凡人や専門家の感じ方の差が始まっていたと考えられる。
僕が歴史研究を始めた時から始まっていたと考えられる違いについて詳細に説明する。

これは「記紀」を始めとする古代日本史研究で必読の内容で、この違いを把握するかしないかで決定的に違うはずである。
過去から現在までの「記紀」を読んだ凡人や専門家は、現代語訳本を読んで違和感を感じていても、その正体が何なのか分からずに受け流すことが大半で、理由を求められなかったと考えられる。
しかし超天才の僕は、僕が歴史研究を始めた時から違和感を感じて、『日本書紀』の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の黄泉国(よみのくに)下り神話と『古事記』の狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱の合致に数日で気付いた。
「僕の考え方の正体」の章に記すが、2002年12月頃に僕は黄泉国下り神話(狭穂彦王の反乱)が倭国大乱に当たる可能性を記して、それが史実・真実・事実で初めから物事の本質に気付いていた。
この僕の異常な感覚は、生まれついての天性の感覚でなく、僕の人生経験によって積み上げられた考え方に由来(ゆらい)して、その過程を研究することでもしかしたら他人も僕のような感覚を身に付けられるかもしれないが、あくまで僕の希望的観測である。
僕と同じような考え方を体得する方法は、これから僕なりに分析して記す。

僕のホームページで参考にするのは、「僕と専門家の認識力の違い」や「僕の超頭脳と現代人の頭脳の差」や「現象学と自己認識の再構築」や「中村修二博士と僕の考え方」などの段落である。
しかしそれらの段落は内容が多すぎると言うなら、僕のコペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)を詳しく知ることを薦(すす)める。
アインシュタイン博士のコペルニクス的転回は、19世紀の哲学者カントの定義付けたもので、僕のコペルニクス的転回が僕自身の再定義したもので、その本質が根本的に違っている。
コペルニクス的転回の根本は、中国の故事の矛盾がその根本にあって、矛盾という考え方を世界中の学校教育で取り入れれば、コペルニクス的転回の考え方の土壌になるかもしれない。
超古代文明の研究などもコペルニクス的転回と考えられるが、歴史上の大きなコペルニクス的転回が地動説と進化論と相対性理論と僕の歴史研究などに代表されて、そう簡単に起こせるものでない。
特にアインシュタイン博士は25才頃の1905年に特殊相対性理論を公表して、僕が歴史研究を始めたのが22才の誕生日前頃で、矛盾を勉強してから軽く10年以上の年月が必要だったと考えられる。
アインシュタイン博士や僕クラスのコペルニクス的転回は、10年から20年近く人生経験や矛盾の考え方を昇華して、生み出せたと考えられる。

歴史上の大家は、圧倒的な努力などを積み重ねて評価されて、歴史に名前を残して簡単にいくことなどあり得ない。
スポーツや勉強などで世間的や世界的に評価された人々は、努力を積み重ね続けた結果でなれたのであって、何事も一つ一つ積み上げることが大切である。
僕が歴史研究で作り上げた特徴は、現代人が「記紀」を研究する上で無敵の財産で、これをたった一人の僕が作り上げた人類史上最強の武器である。
この人類史上最強の武器を手にした人間は、誰にも負けない万や億にもなる最高の遺産である。
これ以降のページを読む人は、できるだけこのことを忘れずに頭の中に置いて、考えながら読み進めてほしい。

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