僕の歴史研究


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

皇統譜(こうとうふ;皇室の戸籍簿)で初代の神武(じんむ)天皇は、紀元前660年2月11日(建国記念日;西暦年月日に直すとこの日らしいが正しいか不明)に即位して、皇室が2600年近い歴史があるとするが、完全な創作で嘘なのが明白で、ギネスブックに日本が世界最古の国で、紀元前660年2月11日に建国と記す。
明確な初代が皇統譜で10代目の崇神(すじん)天皇で西暦84年に即位されて、これが日本の本当の建国(天皇家誕生)で、今年2021年で天皇家誕生から1937年目で、後63年で建国から2000年を迎えると考えられる。
去年は西暦720年に『日本書紀』が献上されて1300年目で、1910年(明治43年)に東大と京大が邪馬台国(やまとこく;大和国)論争を始めて去年で110年目になって、去年に僕が40才を迎えた年で、日本の歴史や僕にとっても大きな節目の年で、今年こそ僕の歴史研究…古代天皇家の正史が証明されることを期待する。
西暦507年3月に即位されたと記す皇統譜の26代目の継体(けいたい)天皇からが正史(正確に正しい歴史)とされていて、それ以前が空白年代で「記紀」に頼るなら、実在したか不明の天皇時代ばかりとなる。
現在の今上(きんじょう)天皇(今の天皇陛下)で、継体天皇から数えて101代目の同族で、今年で1514年の史実とされる。
実質の初代である古代天皇家の崇神天皇から現在の皇室の今上天皇まで合計115代に渡る歴代天皇の歴史が証明されるように僕は、頑張って証明されることを願いながら戦う。

2014年は建国から1930(いくさ(戦)を)年で、2016年が1932(いくさ(戦)に)年で、2018年が1934(いくさ(戦)よ)年で、今年2021年が1937(いくさ(戦)な)年で、来年2022年が1938(いくさ(戦)は)年で、02478(おに(鬼)よ、な(名)は)という言霊(ことだま;言葉の魂)になる。
闇(やみ)は宮(みや)で祈(いの)って、桜(さくら)だから腐ら(くさら)せて、綺麗(きれい)だから冷気(れいき)で、美(うつく)しいから苦痛(くつう)で、醜(みにく)いから憎み(にくみ)、戦(いくさ)が臭い(くさい)のが血生臭(ちなまぐさ)いからで、言葉に言霊が宿(やど)る。
2018年5月18日に僕は、皇室がイスラエル文明と関係するのを証明して、『死海文書』の「イスラエルの救世主」に皇室が名実共になった。
2018年11月6日に倭国(いのくに)研究会福知山支部の古川昌宏氏と話をして、僕の足りないものに気付いてホームページを修正した。
2018年11月26日は、西暦251年に強行即位した日本武(やまとたけ)天皇(男王)が倭姫命(やまとひめのみこと;卑弥呼)を殺して出雲王国(物部(もののべ)氏)に亡命したが、その後に出雲王国で邪馬台国(古代天皇家)の政権奪取を企(くわだ)てたと気付いて、簡単に考えれば気付くことを見逃して、僕もまだまだ考え方が甘いことに気付いた。
出雲王国の日本武天皇の息子である邪馬台国(古代天皇家)の仲哀(ちゅうあい)天皇は、皇位継承権争いの2朝廷並列時代を「記紀」で隠して、古代天皇家の最大の秘史と考えられる。
出雲王国(物部氏)の日本武天皇は、実の息子である邪馬台国(古代天皇家)の仲哀天皇を殺害して、仲哀天皇の正妻の神功(じんぐう)皇后(台与;とよ)が義父の日本武天皇(男王)を殺害させて、日本武尊(やまとたけのみこと)を悲劇的英雄として死なせて、歴史を改ざんして全てを有耶無耶(うやむや)にしようとしたが、僕が邪馬台国(古代天皇家)と出雲王国(物部氏)の正史を完全にひもといてしまった。
どんなに隠そうとしても、わずかな痕跡(こんせき)があれば逃(のが)さず、史実・真実・事実を求められる超天才の僕を舐(な)めないことである。
2019年10月24日の朝に「邪馬台国の年表」の章で、歴史学者の知る邪馬台国の歴史と僕の求めた邪馬台国の年表を色違いで並列表記して、邪馬台国の歴史を理解しやすいように記せると考えた。
2020年4月1日に出雲王国(物部氏)の直系子孫は、現在の出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏と73代目の武内宿禰(たけのうちのすくね)を襲名する竹内睦泰(たけうちむつひろ)氏の竹内(たけうち)氏がどういう血筋か求めて、「物部氏の系図」を修正して、他にも幾つか修正した。
2020年4月4日の午後2時頃に僕は、73代目・武内宿禰の竹内睦泰氏が故人だと知って、2020年4月6日に初代・武内宿禰と出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏の先祖である濡渟(うかずくぬ)が異母兄弟か従兄弟と判明して、関連のホームページを修正した。
は「盧へん」に鳥の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
2020年4月中旬に藤原氏の祖先神の津速産霊(つはやむすび)は、同一神で武神の兵主(つわものぬし)のことを思い出して、「藤原氏の系図」を修正した。
2020年5月上旬頃に千家氏と和珥(わに)氏と吉備(きび)氏の系図を新しく作成して、「吉備氏の系図」と絡(から)んで「埴輪(はにわ)」の章を考古学的に証明して、2020年6月にある程度の記述や段落や章などを整理・修正した。
2020年8月に新しい章を少し加えて、ホームページを更新した。
2020年8月下旬に「index.html」を大きく変更して、ホームページに新しい章を追加したりして更新した。
2020年9月12日に西暦251年の日本武尊(やまとたけのみこと)の反乱で日本武尊以外の2人の皇位継承者を求めて、16日に三種の神器が間違いなく2種類あったことと摂政(せっしょう)元年(西暦261年)の2皇子の皇位継承権争いを新しく求めて、11月にこのホームページの章などを更新した。
西暦251年(天皇不在の年)の皇位継承権争いは、日本武尊を皇位継承者と思い込んでいたが、日本武尊の二人の息子も皇位継承者で、仲哀(ちゅうあい)天皇と蘆髪蒲見王(あしかみかまみのみこ)である。
現在の三種の神器は、レプリカ(複製品)が存在するとされて、古代に三種の神器が2種類あった根拠にならないが、大和国(邪馬台国)の仲哀天皇と出雲王国(物部氏)の日本武天皇の2朝廷並列時代、3度目の2皇子の皇位継承権争いなどを総合すると、古代に2種類あったと考えられて、はじき出される正当性が生み出す答えである。
古代天皇家の皇位継承権争いは、最初の反乱が2代目出雲国王の狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱で、2度目の反乱が皇太子の日本武尊の反乱で、3度目の反乱が鹿坂皇子(かごさかのみこ)と忍熊皇子(おしくまのみこ)の兄弟の反乱と新しく気付いて、4度目の反乱が大山守皇子(おおやまもりのみこと)の反乱で、ようやく古代天皇家の内乱が詳細に判明した。
鹿は「鹿」の漢字の下に弭で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
2021年2月にホームページの年代を直して、新しい章などを少し追加したりした。
2021年3月25日に父系(男系)と母系(女系)の天照大神(あまてらすおおみかみ)を区別するようになって、4月にホームページを修正した。
父系は父の父…そのまた父とさかのぼるように、父系が男系で、母系なら女系とも言い換えられて、遺伝子なら父系が精子…Y染色体で、母系ならミトコンドリアDNAでさかのぼれて、男系男子天皇と女性天皇・女系天皇などの継承問題に関係する。
これらは皇室の歴史が古代日本史…日本神話と邪馬台国論争と倭の五王そのものであることを尚更(なおさら)に証明して、もう古代天皇家の歴史がチェックメイトしている。

僕の歴史研究は2002年10月頃に「記紀」の現代語訳本を購入して、数日で『日本書紀』の黄泉国(よみのくに)下り神話と『古事記』の狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱(倭国大乱)が合致したことから始まって、この時すでに日本神話と邪馬台国論争が合致した歴史的な運命の瞬間だった。
「黄泉国下り」の章が出版していない6冊目の本の内容を公表して、史実の狭穂彦王の反乱を何重にも神話化してが、6冊目の本を出版できれば嫌(いや)でも圧倒的な僕の超頭脳を披露(ひろう)することになる。
海幸彦(うみさちひこ)と山幸彦(やまさちひこ)の神話は、『日本書紀』の大山守皇子(おおやまもりのみこ)の反乱を神話化しているのが100%確実で、神話化の事実がアインシュタイン博士以上の天才の僕にしかひもとけず、「海幸彦と山幸彦」の章を見てほしい。
邪馬台国論争の最大の謎である出雲王国の正体を求めるには、『ホツマツタエ』の大物主神(おおものぬしのかみ)の系譜を求められて、決して僕以外にひもとける人間などいなかった。
専門家(考古学者と歴史学者と歴史家)は第一人者を自称しているシロウトで、考古学と歴史学において専門家を当てにするのは大きな間違いで、僕の考え方を打破できる人間がこの世に存在しない。
相沢忠洋は考古学者が間違いで岩宿(いわじゅく)遺跡を発掘して旧石器時代を証明して、アインシュタイン博士が当時の物理学者を出し抜いて、現代の物理学者を出し抜いた電子工学の専門家の中村修二博士がノーベル物理学賞を受賞したように、時代の専門家が全く当てにならないことを実証できる天才がいる。
超規格外のコペルニクス的転回の持ち主である僕を超える者などいなくて、地上唯一の古代日本史で本当の第一人者である僕を馬鹿呼ばわりするとすれば、それは何の力もない専門家も含めたシロウト同然の大馬鹿者に他ならない。
専門家(考古学者と歴史学者と歴史家)は現代人レベルのシロウトで、何の論理的根拠もない理論を唯々諾々(いいだくだく)と並べ連ねる馬鹿な連中で、僕と勝負した所で勝てるはずもない。
アインシュタイン博士以上の超天才の僕は、一朝一夕に圧倒的なコペルニクス的転回の持ち主になったわけでなく、様々な努力の上に成長した堅実な実力者で、考古学と歴史学の完全な論理的根拠など僕以外に組み立てられるはずがない。
僕の出版していない3冊目と4冊目の本は出版されれば、世界中でノーベル賞クラスやアインシュタイン博士以上の天才を生み出して、世界中の学校教育も大きな変革をさせて、僕の影響力が半端でないのを示せるかもしれない。
これはまだ僕の夢や想像にすぎないが、もし世界中で実現されれば人類規模の大きな革命となって、世界中の人々の根本的な考え方などにも大きな変化を生み出す第一歩になる。

『ホツマツタエ』や『日本書紀』を正しく完全解釈すれば、考古学的証拠を正しく評価して邪馬台国論争と対比できるが、それができない考古学会と歴史学会が知識を詰め込んだ現代日本人レベルのシロウト集団にすぎない。
僕は『日本書紀』を完全解釈して、邪馬台国論争と空白の4世紀と倭の五王をつなぐ古代豪族の人物たちを求められて、邪馬台国や倭の五王の時代だけに固執する馬鹿な専門家との決定的格差である。
本当に大切なことを見逃している現代人(僕以外の人間)は、どんなに努力して一生かかっても邪馬台国論争と倭の五王を求められず、アインシュタイン博士以上の天才の僕に勝てるはずなどない。
自分たちの実力にも気付けないのは、超次元の超天才の僕のように大局的・多角的な視野を持たず、自分たちを客観的に捕らえる考え方を持てないからで、本能的に僕は自分が場違いな超次元の存在と気付いたからである。
そんな現代人(僕以外の人間)がどんなに研究し続けても、僕や「記紀」の編者たちの手の上で踊らされて、仏の手の上で踊らされる孫悟空と一緒なのにも気付かず、馬鹿の一つ覚えを繰り返すのが子供のお遊びにすぎない。

<参考文献>
『完訳秀真伝』
鳥居礼・編著者 八幡書店・発行
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
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