欝色謎命(うつしこめのみこと)


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

物部(もののべ)氏の出身である狭穂彦王(さほひこのみこ)の娘の欝色謎命は、実在した3代目の景行(けいこう)天皇の妃で、狭穂彦王が皇位継承権争いの反乱で垂仁(すいにん)天皇7年(西暦158年)までに戦死して、それまでに生まれたと考えると、景行天皇が垂仁天皇20年(西暦171年)真冬に生まれて、10歳以上の年上女房である。
僕は自分の常識・固定観念・先入観・理屈・伝統で景行天皇と欝色謎命の年齢差に違和感を覚(おぼ)えて、狭穂彦王の息子である野見宿禰(のみのすくね)の娘としたが、心のどこかでずっと納得しなかった。
古史古伝(「記紀」に反する書物)『ホツマツタエ』の黄泉国(よみのくに)下り神話で、軻遇突智(かぐつち;狭穂彦王を神格化)の娘の菊桐姫(ここりひめ;欝色謎命を神格化)が親子の神様で登場して、僕の感じた違和感を払拭(ふっしょく)して、正しい血筋を求められた。

欝色謎命は作られた名前で、高田媛(たかだひめ)が本名(ほんみょう)で、高田媛を祖先化した名前が欝色謎命と考えられる。
景行天皇と高田媛の息子は、武虎別皇子(たけこわけのみこ)と少彦男心命(すくなひこおこころのみこと)で、武虎別皇子の妻が不明で、長女を神功(じんぐう)皇后で、次女を虚空津比売命(そらつひめのみこと)で、長男を武渟川別(たけぬなかわわけ)で、次男を比古伊那許士別命(ひこいなこしわけのみこと)で、これが正しい血縁関係と考えられて、「記紀」と『ホツマツタエ』から求めた。

6代目・高皇産霊尊(たかみむすびのみこと;景行天皇を神格化)と菊桐姫(欝色謎命を神格化)の子供は、7代目・高皇産霊尊(武虎別皇子を神格化)と少彦名命(すくなひこなのみこと;少彦男心命を神格化)で、神様の少彦名命と人物の少彦男心命の名前や特徴が合致する。
7代目・高皇産霊尊は妻が不明で、栲幡千千姫(たくはたちちひめ;神功皇后を神格化)と太玉命(ふとだまのみこと;武渟川別を神格化)と三穂津姫(みほつひめ;虚空津比売命を神格化)が子供で、『古事記』か『ホツマツタエ』のどちらの兄弟順が正しいか分からない。
三穂津姫は2代目・大物主神(おおものぬしのかみ)の事代主神(ことしろぬしのかみ;濡渟(うかずくぬ)を神格化)の妻で、出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏の直系先祖である。
は「盧へん」に鳥の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
天照神(あまてるかみ;倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)は、月読尊(つくよみのみこと;景行天皇を神格化)と入れ替わって、妻の速秋津姫秋子(はやあきつひめあきこ;欝色謎命を神格化)が天津彦根命(武虎別皇子を神格化)を生んで諱(いみな;隠(かく)し名の本名)を直杵(ただきね)で、もう一人の妻の豊姫紋子(とよひめあやこ;欝色謎命を神格化)が熊野樟日命(少彦男心命(すくなひこおこころのみこと)を神格化)を生んで諱を額直(ぬかただ)で、諱と神様の特徴が共通する。
は「木へん」に豫の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
この程度の『ホツマツタエ』の解釈は、僕にとって朝飯前で簡単すぎる。

このように「記紀」と『ホツマツタエ』を完全解釈できる僕は、物部氏の出身の欝色謎命をどんなに隠しても簡単に求められる。
アインシュタイン博士以上の超天才の僕を甘く見ず、世界中の誰も僕に敵(かな)わないことを正しく理解すべきである。

<参考文献>
『完訳秀真伝』
鳥居礼編・著者 八幡書店・発行
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
『古事記(中)―全三巻―』
次田真幸・著者 株式会社講談社・発行

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