前提条件


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

古代日本史研究…日本神話と邪馬台国(やまとこく;大和国)論争と倭の五王の前提条件は、僕の持つ歴史研究の常識のことで、僕が凡人(僕以外の人間)を何段階も上回る常識を持っていて、比べられない前提条件の決定的格差がある。
僕の前提条件は、日本神話の神々の領域…神域を求められる意味で神様に最も近い人間で、この感覚が人類史上最高最大最強の超天才と言えて、アインシュタイン博士以上の超天才で後継者的存在でもあって、超天才の僕と凡人(僕以外の人間)の違いを僕が3冊目の本で35個以上も述べたなど圧倒的な差がああって、一部をホームページ上で公表した。
僕の歴史研究は、この前提条件の圧倒的な差を理解して、受け入れない限り決して成立しない。

邪馬台国(やまとこく)時代は、西暦156年の倭国大乱(狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱)から西暦266年の西晋(せいしん)王朝遣使を含めて、崇神(すじん)天皇即位の西暦84年から神功(じんぐう)皇后の死去の西暦329年までを大和時代と名付けた。
大和時代は、古墳時代に取って代わられた言葉で、ある意味で死語と言っても良いかもしれなくて、僕が新しく定義し直した。
西暦84年から329年までの大和時代は、西暦年が細かく求められるが、空白の4世紀と5世紀の倭の五王時代が西暦年で求められず、「記紀」の限界性である。
『日本書紀』の歴代天皇全員(弘文(こうぶん)天皇以外)の即位年は干支(えと)で記して、僕が即位年干支法(そくいねんかんしほう)と名付けて、西暦年の特定に利用するが、大和時代と史実(歴史の事実)の西暦507年以降が西暦年で求められるだけである。
しかし4世紀と5世紀が求められないのは、「記紀」がその時代の史実を隠したことが原因で、歴史書が年代を記さないで西暦年の特定を不可能にしているため、前提条件そのものが間違っている。
古代天皇家と邪馬台国(やまとこく)の年表は、僕が求めたものが正確で正しくて、前提条件を満(み)たせない専門家(考古学界と歴史学界)や凡人(僕以外の人間)に求められなくて当然である。

「記紀」にほどこされた偽装工作は、僕にしか求められなくて、僕の本やホームページで紹介して、即位年干支法、系図の神格化・祖先化・子孫化、『日本書紀』で人名の末名の「尊(みこと)」と「命(みこと)」の違い、年代・内容の改変・変更などがある。
アインシュタイン博士以上の超天才の僕は、世界でただ一人の「記紀」を完全解釈できる人間で、「記紀」を最も正しく完全解釈した訳本を作れて、僕にしか歴史研究がひもとけないことを意味して、『後漢書』や『三国志・魏志倭人伝』や『宋書』の僕の現代語訳本が最も正しい理由も同じである。

「記紀」は、景行(けいこう)天皇の実妹が倭姫命(やまとひめのみこと)で、神功(じんぐう)皇后の本名や血筋が分からず、『日本書紀』の武国凝皇子(たけくにこりわけのみこ)の人名の間違いなど、邪馬台国(やまとこく)論争を求めさせないために偽装工作をほどこした。
しかし『ホツマツタエ』を知った僕は、『三国志・魏志倭人伝』の卑弥呼と男弟が景行天皇の異母姉のヤマトヒメ(邪馬台卑弥呼)、タケコワケとクニコリワケを合体した人名が武国凝皇子、神功皇后の本名が豊姫命(とよひめのみこと;台与卑弥呼)で、景行天皇の孫娘など圧倒的な事実・真実に気付いた。

僕も求めた古代豪族の系図は、その人物が複数の異なる時代に記されていても、子孫や先祖と対比したりして、何世代離れているかなどを計算して、その時代に存在した確信をもって証明できて、それらが歴代天皇の誰と同時代の人物か特定する直感である。
僕の前提条件は全(すべ)て自分の直感で、他人に説明しがたいものでも、圧倒的な論理的根拠を世界中の誰(だれ)よりも的確に示(しめ)す。
このように僕の歴史研究の成果は、凡人(僕以外の人間)に僕の前提条件をそもそもほとんど理解できないはずで、それを納得した上で受け入れて、現在の考古学的証拠と僕の歴史書解釈の知識を理解するしかない。
日本神話…神々の物語や系図をひもとくことは、僕以外に誰(だれ)もできなくて、神域を感じられなくても確信に近い圧倒的な論理的根拠を並べて、凡人(僕以外の人間)が確信できる答えを僕が示(しめ)す以外にない。
古代日本史研究を世界でただ一人の解明できる僕の役割は、専門家(考古学界と歴史学界)や凡人(僕以外の人間)が正しく理解できる根拠を示(しめ)して、世界中に公表する正しい知識とすることである。

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