女性天皇


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

現在の皇位継承は、男系男子に限ってと法律で決められて、現在の皇室が危機に追いやられる。
男系男子とは父親から息子や男性から男性に皇位継承することで、男系男子として2006年に悠仁(ひさひと)親王が誕生されて現在の皇位継承権第2位だが、男系男子の皇位継承者が不足する事態に変わりがない。
愛子様が天皇になる未来は多くの国民が望んで、女性天皇と女系天皇の違いが分かるか明確でないが、平成から令和への改元や上皇から今上(きんじょう)天皇(現在の天皇陛下)への代替わりなどの慶事で、皇室への期待や関心が大きくなっても仕方ない。
おまけに僕が古代天皇家の正史を公表して追い打ちをかけた今、皇室を巡る状況が世界中の関心事になってどうにもできない。
この状況を作ったのは、僕を追い詰めた皇室や安倍政権の動きなど世界中の現状で、歴史の流れを妨(さまた)げることが誰にもできず、なるようにしかならないと理解すべきである。

「万世一系(ばんせいいっけい)」の天皇家は、男系女子の皇位継承を認めても、女系の皇位継承を認めないのが伝統で、男系女子天皇が男系男子天皇と男系男子天皇の間をつなぐ「女帝中継ぎ論」として理解されている。
しかし孝謙(こうけん)天皇は女性皇太子になって女性天皇になって、伝統に捕らわれることが正しいのか?
「万世一系」の男性天皇は、皇統譜(こうとうふ;皇室の戸籍簿)で初代の神武(じんむ)天皇の直系子孫とするが、神武天皇が実在の初代の崇神(すじん)天皇と5代目の仁徳(にんとく)天皇を祖先化して、神武天皇の直系子孫と思い込まされた史実・真実・事実に気付かない。
現在の皇室は実在の初代である崇神天皇の直系子孫か不明で、「万世一系」の男性天皇という伝統自体があやしくて、前提条件をそもそも間違っている。
皇室は古代から現代まで同族の直系子孫が続いたと信じるだけで、明確な論理的根拠がなくそれを伝統と言って馬鹿らしい。
信じることと確実なことは決定的に違って、本質を間違った伝統がそんなに大切か?

女性天皇は父方を皇族として一代限りの女性の天皇だが、たとえば愛子様が天皇になって、一般男性(民間人)と結婚してその子供が天皇になったら、父方を皇族としない家系の意味で女系天皇となる。
女性天皇と女系天皇の違いは、崇神天皇の直系子孫の父方を皇族とするかしないかで、神武天皇と崇神天皇を入れ替えても本質が変わらない。
天皇はかつて日本の統治者で、天皇家と血縁関係(外戚)になって権力を握(にぎ)ったのが蘇我(そが)氏と藤原氏と平清盛(たいらのきよもり)などである。
藤原氏は平安時代以降に衰退したのが勘違いで、その後も藤原氏(藤原北家)が五摂家(ごせっけ;近衛氏・九条氏・二条氏・一条氏・鷹司氏)に名前を変えて、皇室だけでなく時の有力者(将軍家など)と血縁となって権力を握って、五摂家以外で初めて皇后になったのが、民間人の美智子様(上皇后)らしいが不確かな情報である。
天皇は国民の象徴の今、権力を握った藤原氏のようにならないが、権力の問題を捕らえる。
小泉首相は女性天皇の問題を取り上げた時、悠仁親王が生まれて問題の先送りがされて、現在の安倍首相が女性天皇に否定的で、首相の政治的信条の問題もある。
女性天皇と女系天皇は、権力と首相の政治的信条など些細(ささい)な問題と考えられて、男系男子天皇の伝統も簡単な問題と考えられる。

現代哲学理論「現象学」は、「伝統的なものの見方をひっくり返す」ことが大切だと訴えて、常識・固定観念・先入観・理屈・伝統に捕らわれるほどコペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)のような高度な考え方ができなくなる。
アインシュタイン博士以上のコペルニクス的転回を可能とする僕は、常識・固定観念・先入観・理屈・伝統に捕らわれず、常に常識・固定観念・先入観・理屈・伝統を塗り替える。
伝統は大切にすべきだが、時として時代錯誤もはなはだしいことも理解しないといけない。
常識・固定観念・先入観・理屈・伝統は人間誰もが捕らわれて、いまだに僕自身も排除できないが、何度も排除して新しい考え方を生み出す。
常識・固定観念・先入観・理屈・伝統に捕らわれる人間は、過去の遺物だと気付かずに根本的に変われない人間のこだわりにすぎない。

女系の王位継承は世界中で常識とされて、イギリスのエリザベス女王のように日本でも認めるべきだと思う。
日本の女帝は、飛鳥(あすか)時代に推古(すいこ)天皇と皇極(こうぎょく)天皇と斉明(さいめい)天皇(皇極天皇の再度の即位)、奈良時代に持統(じとう)天皇と元明(げんめい)天皇と元正(げんしょう)天皇と孝謙(こうけん)天皇と称徳(しょうとく)天皇(孝謙天皇の再度の即位)、江戸時代に明正(めいしょう)天皇と後桜町(ごさくらまち)天皇の8人である。
そして孝謙天皇は女性皇太子で、女性天皇や女系天皇の希望となる根拠である。

女帝に近い立場としては邪馬台国(やまとこく;大和国)の台与(とよ)で、摂政(せっしょう;天皇に代わって政治する役職)元年10月2日(西暦261年11月上旬頃)に摂政となって、摂政69年4月17日(西暦329年5月中旬頃)に百歳で亡くなった神功(じんぐう)皇后に当たって、死後に贈られた諡(おくりな)の気長足姫尊(おきながたりひめのみこと)が国政執行した根拠である。
倭の五王の世子「興」は顕宗(けんそう)天皇と考えられて、同母姉妹の飯豊青皇女(いいとよのあおのひめみこ)が顕宗天皇即位前に国政執行して、忍海飯豊青尊(おしぬみめいいとよのあおのみこと)の名前が国政執行した根拠で、西暦450年頃の人物と考えられる。
神功皇后は『摂津国風土記』と『常陸国風土記』が息長帯比売(おきながたりひめ)天皇で、飯豊青皇女を『扶桑略記』が飯豊(いいとよ)天皇と記して、神功皇后を『扶桑略記』や『水鏡』で女帝の始まりと記して、伝統に捕らわれたのか疑問である。

『日本書紀』で国政執行した人物の末名に「尊(みこと)」を使って、歴代天皇以外に神功皇后の気長足姫尊と飯豊青皇女の忍海飯豊青尊、そして皇太子の日本武尊(やまとたけのみこと)が架空の成務(せいむ)天皇に当たる。
日本武(やまとたけ)天皇は出雲王国(物部(もののべ)氏)を頼って、邪馬台国(やまとこく;大和国)から政権奪取を図(はか)って、『常陸国風土記』に「倭武(やまとたけ)天皇」で『阿波国風土記』に「倭健天皇命(やまとたけのすめらみこと)」で『住吉大社神代記』に「父天皇」と記されて、「尊(みこと)」と記すのが国政執行したのが間違いない根拠である。

女性が天皇でなくても国政執行した先例が古代から連綿とあって、天皇家誕生の西暦84年から1935年間続く歴史から見ると、「万世一系」の男系皇位継承などささいな問題に思える。
伝統・常識・固定観念・先入観・理屈などに捕らわれる常識人ほど時代に取り残されて、非常識な考え方の集合体コペルニクス的転回をする僕に近い人ほど時代の最先端を行けるのかもしれない。
時代の変革期に現れたアインシュタイン博士以上の天才の僕が革命を起こしたように、皇室も女性天皇や女系天皇や女性宮家などの革命を起こすべき時でないか?
現在の皇室は、一歩間違えば存続の危機に瀕(ひん)していることをいい加減に自覚すべきである。

今の皇室は男児の誕生を望まれて、女性皇族の尊厳を無視する政治家に絶望する。
皇室に男女差別の皇位継承順位を持ち込む政治家は、古代天皇家の正史を完全に再現した僕の歴史研究を重視して、女性天皇や女系天皇や女性宮家などの革命を起こすことを望む。
政治家は男女差別を無意識に皇位継承に持ち込んで、結果論から明言しないだけで本質を見誤って、国民を失望させて長年の歴史を軽んじる。
僕のように古代天皇家の正史を知る唯一の人間からすれば、神功皇后と飯豊青皇女と歴代の女性天皇たちの遺志を大切にして、つまらない伝統を捨て去ることを重視すべきだと思う。
大切なのは皇室を変えたいと思う「きっかけ」で、僕の歴史研究の成果が役に立つことを願って、皇室がこれからの未来も幸せなように男女の天皇の在位を認めるのが僕の願いである。
国民一人一人の思いは、信じれば日本国政府を動かせるはずで、女性天皇を認めさせる「きっかけ」が大切で、僕の歴史研究が生かされることを願う。
イギリス王室を始めとして世界中の王家を参考にして、女性天皇や女系天皇や女性宮家や女性皇族などを大切に考えて、皇室がずっと続いていくことを僕は心から願う。

令和元年に改元してめでたいが、女性天皇や女系天皇や女性宮家などの問題がメディアをにぎわせて、いい加減に伝統という過去の愚かな考え方に捕らわれず、僕のようにそれらを排除して新しい考え方を作れるようにするべきである。
美智子上皇后や雅子皇后や紀子様など皇室の女性は、メディアに皇室が翻弄(ほんろう)されていらない批判も多く出てきて、男児の誕生も皇室にいらない負担を生み出した。
秋篠宮様や悠仁様は希望的観測で色々言われるが、そもそも今上(きんじょう)天皇(現在の天皇陛下)よりも先に亡くなって皇統が断絶する可能性もあって、悠仁様が大人になっても男児も得られるか分からず、あらゆる可能性を考えて対処すべきなのに、日本国政府やメディアの楽観主義に付き合って、現実を見失った馬鹿共の方が気楽すぎる。
それもこれも無能で無責任な日本国政府のせいで、男性皇族にこだわる馬鹿な伝統を大切にして、実際に矢面に立たされる人々の思いを考えていない。
古代天皇家の正史を求めた僕は、その重責とアインシュタイン博士以上の超頭脳と自殺願望と脆(もろ)い心の諸刃(もろは)の剣でも必死に頑張ってきたが、今またメディアがそっとしておかず、いつ自殺してもおかしくない。
いつの時代もメディアや政府は無責任で、個人に責任や期待をするクセに本人の意思など関係なく煽(あお)り立てて、責任などどこ吹く風と捕らえる。
僕も皇室も注目を集める上で同じで、メディアの注目の的(まと)として存在して、親身に考えてくれる人など少ない。
心の支えを失えば人間は脆くて、いつ消えてもおかしくないのにメディアが騒いでもすぐに水に流す。
時代がどんなに移り変わっても人間の本質は変わらず、注目される者の思いが無視される。
本当に女性の天皇の問題を知る僕は、時代に翻弄される悲しい運命共同体の皇室のために尽力したいと思ってつづる。

<参考文献>
『日本書紀(上)全現代語訳―全三巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
『女系皇位継承は日本の伝統』
松本陽一・著者 株式会社新風書房・発行
『BooksEsoterica第22号 天皇の本 日本の霊的根源と封印の秘史を探る』
株式会社学習研究社・発行
インターネット

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