古代日本史を甘く考える現代人


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

日本神話と邪馬台国(やまとこく)論争と倭の五王…古代日本史を甘く考える現代人(日本人と世界中の人々)は、決して何も正しく理解していなくて、自分たちの力でそれをひもとけると信じる。
しかし現実は無慈悲でひもとけるのがこの世でただ一人の僕だけで、人類史上最高最大最強の能力を持った世紀の天才である。
今まで千年以上に渡って「記紀」を始めとして、時代ごとに人々が古代日本史を研究したが、その全てが馬鹿の一つ覚えのようなもので史実・真実・事実に至った者が存在しなかった。
現代人は自分たちがどれほど無能で、それをはるかに凌駕(りょうが)して人間の最高の考え方に近いコペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)を持つ僕に勝てると思う方がどうかしている。
地動説と進化論と相対性理論と僕の歴史研究などに代表されるコペルニクス的転回は、考え方の根底に矛盾があってそれを発展させて身に付ける考え方で、人間の考え方の究極に近いものだろう。
アインシュタイン博士以上のコペルニクス的転回を可能にした僕は、コペルニクス的転回において史上最高の天才で、その僕のレベルに追いつける者がこの世に存在せず、古代日本史を甘く考える現代人との決定的格差を教えよう。

日本神話は神々の物語で、その本質をひもとくために必要なのが神様の生(なま)の意識に触れることで、世界でただ一人それができる僕なら神々の系譜や正体に気付いて、おそらく実在した古代天皇家や有力豪族の人々の誰を神格化したか求められる。
海幸彦(うみさちひこ)と山幸彦(やまさちひこ)の神話は、『日本書紀』大山守皇子(おおやまもりのみこ)の反乱を神話化したことが口を酸(す)っぱくして訴えるが、それが史実であることを誰も確かめようとしない。
しかし日本神話の最後の物語である海幸彦と山幸彦の神話が史実なら、日本神話の全体の物語が仁徳(にんとく)天皇時代以前の天皇時代を神話化したのが事実となる。
世界でただ一人の日本神話が歴代天皇時代を神話化したことに気付いた僕は、歴史研究を始めた2002年10月頃に『日本書紀』の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の黄泉国(よみのくに)下り神話と『古事記』の狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱の史実が合致することに気付いて、最初から物事の本質に行き着いた。
日本神話の雷神と火の神様が物部(もののべ)氏の人間を神格化して、物部氏に養子に入った人間が神格化されないと求められる時点で、僕の日本神話をひもとく能力は本物である。
日本神話の神々の正体を求められるという理由で、神に最も近い人間の僕に敵(かな)う人間など存在するはずがない。
シロウト研究で神域を汚(けが)す無知な現代人は、僕のような神性を帯(お)びた聖人がいることを知るべきである。

邪馬台国論争は考古学会で北九州の属国(北九州4ヶ国)の定説が『魏志倭人伝』の記述と全く違って間違いで、僕の自論が正しいのを2007年9月に僕の最初の著書『古代日本史への挑戦』を出版して、口を酸っぱくして訴え続けたが、考古学会も歴史学会もが間違いを正そうとしない。
かつて日本の考古学会で関東ローム層(赤土)から旧石器時代の遺物が出土することを認めず、藤村新一氏による旧石器ねつ造事件などがあったように、考古学会が間違うことなど歴史が証明したのに認めないのは体質的なものかもしれない。
しかし考古学会で北九州の属国の定説自体が間違いと認めない限り、邪馬台国論争そのものを正しく理解することなどできない。
邪馬台国論争の最大の謎は、存在が不確かな出雲王国だが、『日本書紀』の西暦506年以前を完全解釈できる世界唯一の僕が証明していて、『ホツマツタエ』の日本神話で大物主神(おおものぬしのかみ)の系譜を完全解釈できればひもとける。
世界でただ一人の日本神話を完全解釈できる僕は、邪馬台国時代を神話化されたのが日本神話だと求めるなど簡単すぎる。
邪馬台国論争は僕が真実を公表しなければ、これから何百年か何千年以上も真実に至らず、纏向(まきむく)石塚古墳が垂仁(すいにん)天皇陵で、箸墓(はしはか)古墳が景行(けいこう)天皇陵で、纏向遺跡が景行天皇の皇居の纏向日代宮(まきむくひしろのみや)だと証明されない。
邪馬台国論争は全ての答えを知っている人間が僕だけで、そのホームページや本が圧倒的すぎる著作権を秘めることなど考えるべくもない。

倭の五王は歴史学会の定説があまりに幼稚な考え方で、小学生でも真面目に研究すれば打破できるほど情(なさ)けないもので、歴史学者を専門家と呼ぶ方がどうかしている。
邪馬台国論争を正しくひもとける僕は、初代・崇神(すじん)天皇即位の西暦84年から摂政(せっしょう;天皇に代わって政治する役職)の神功(じんぐう)皇后が亡くなった西暦329年までを正確に求められて、その年代が間違っていることなど万に一つもなく、現代人に100%絶対に求められない領域である。
西暦84年から329年の史実が証明された今、倭の五王の定説など取るに足りない考え方である。
古代中国語読みの倭王「武」と雄略(ゆうりゃく)天皇の現代日本語読みの「武(たける)」が同じ漢字で間違いなく正しいという馬鹿な根拠は、専門家の歴史学者の無能ぶりを示す良い例である。
何が正しいか間違いかはっきり区別できる僕は、無能な考古学者と歴史学者のような専門家と比べられるのが片腹痛い。

アインシュタイン博士の以上の天才で後継者的存在の僕は、世界的救世主で天皇家誕生1935年を証明できる圧倒的な超天才だが、幼少から心を傷つけて成長して、自殺願望も持つ僕が普通の生活をできなくなって、多くの重責に耐えることができるのか分からなくて不安である。
僕は人類規模で政治・宗教・社会などに影響を与えて、多くの人々の希望となるがその重責が重すぎて、孤独な天才の僕にどうすれば良いか誰も答えをくれない。
日本神話という神域を求められる聖人で、邪馬台国論争というまやかしに振り回されず、倭の五王という単純な考え方を打破できる僕は、人類史上最高の天才として現代に降り立った神様の如(ごと)き最高の人間であって、誰も汚(けが)すことなどできない賢者である。

<参考文献>
インターネット

戻る