石上(いそのかみ)神宮
石上(いそのかみ)神宮は、『日本書紀』に伊勢神宮以外で神宮と書かれた唯一の古社で、古代豪族で武家の物部(もののべ)氏が古代天皇家の武器庫として、多くの刀剣などの武器を奉納した。
石上神宮は、崇神(すじん)天皇7年に物部(もののべ)氏の伊香色雄命(いかがしこおのみこと)が創建したとするが、垂仁(すいにん)天皇時代に(西暦158年)に伊香色謎命(いかがしこめのみこと;弟橘姫(おとたちばなひめ)を祖先化)の義兄の伊香色雄命(いかがしこおのみこと;物部十市根(もののべのといちね)を祖先化)が創建して、野見宿禰(のみのすくね)が崇神(すじん)天皇7年に生まれてなくて、論理的にあり得ない。
欝色雄命(うつしこおのみこと;野見宿禰(のみのすくね)を祖先化)は、息子の伊香色雄命(いかがしこおのみこと;物部十市根(もののべのといちね)を祖先化)と養女の伊香色謎命(いかがしこめのみこと;弟橘姫(おとたちばなひめ)を祖先化)がいて、おそらく西暦170年頃に石上(いそのかみ)神宮を創建して、物部(もののべ)氏の系図や伝承などを正しく把握すれば求められる。
垂仁(すいにん)天皇87年は、正しく求めると垂仁(すいにん)天皇27年2月5日(西暦178年3月上旬頃)で、瓊敷入彦命(にしきいりひこのみこと)が実妹で皇女の大中姫(おおなかひめ)を4代目出雲国王の物部十市根(もののべのといちね)と結婚させて正妻にして、以降に出雲王家(物部(もののべ)氏)の血筋を皇統に加える代償として、出雲王国の神宝の八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を石上(いそのかみ)神宮に奉納した。
瓊敷入彦命(にしきいりひこのみこと)は、大中姫(おおなかひめ)が女性の身で石上(いそのかみ)神宮の神宝を守るのでなく、夫の物部十市根(もののべのといちね)の一族である物部(もののべ)氏に石上(いそのかみ)神宮の神宝を守らせた。
ある時に丹波(たんば;古代の京都府北中部)の甕襲(みかそ;丹波道主王;たにはみちぬしのみこ)の家にいる足行(あしゆき)と言う犬(丹波道主王(たにはみちぬしのみこ)の家臣;誰か不明)が貉(むじな;狭穂彦王;さほひこのみこ)を食い殺して、腹(はら)の中から八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま;出雲王国の神宝)が出てきて、甕襲(みかそ)が石上(いそのかみ)神宮に献上して、三種の神器に加えられた。
丹波道主王(たにはみちぬしのみこ)の家臣(誰か不明)は、倭日向猛火向彦八綱田(やまとひむかたけひむかひこやつなだ)と考えられるが、確証がなくて予測にすぎない。
それまでは、八重垣剣(やえがきのつるぎ)と八咫鏡(やたのかがみ)に二種の神器で、オリジナル(原型)とレプリカ(複製品)の2種類があって、この時に八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を加えて、三種の神器になった。
『ホツマツタエ』は、垂仁(すいにん)天皇27年2月5日(西暦178年3月上旬頃)に出雲王国(物部(もののべ)氏)の神宝の八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)を石上(いそのかみ)神宮に奉納して、狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱の代償として、三種の神器に加えて、皇統に再び物部(もののべ)氏の血筋を加えることを許可して、この頃に石上(いそのかみ)神宮が創建された可能性もある。
垂仁(すいにん)天皇27年8月7日(西暦178年9月上旬頃)に垂仁(すいにん)天皇は、兵器を神々に献上することを占(うらな)って、吉相(きっそう)が出たので弓矢や太刀を諸社に納めて、これより神部(かんべ)を定めて、おりあるごとに兵器を祭りはじめた。
古代の神社は、武器庫の役割を担ったのが奈良県天理市の石上(いそのかみ)神宮で、石上(いそのかみ)神宮への奉納と考えられて、他の神社に武器庫の役割があったか不明である。
垂仁天皇39年メ月(西暦190年11月頃)に瓊敷入彦命(にしきいりひこのみこと)は、皇居で千本の剣を作って、その剣を赤裸伴(あかはだとも)と名付けて、忍坂(おしさか;奈良県桜井市忍坂か?)に安置した時、倭文部(しとりべ)、楯部(たてべ)、大穴磯部(おおあなしべ)、弓矢部、泊橿部(はつかしべ)、玉部神(たまべかみ)、天(あま)の刑部(おさかべ)、道(ち)の部、木部(きべ)、太刀佩部(たちはかせべ)の十種の部(べ)を合わせ授けられた。
瓊敷入彦命(にしきいりひこのみこと)は、千本の剣を石上神宮に遷(うつ)されて、すると神が春日臣(かすがおみ)の市河(いちかわ)にお告げになって、石上神宮を治めるように命じられて、瓊敷入彦命(にしきいりひこのみこと)がそれを許されて市河を石上の司(つかさ)とした。
参考文献『新編 姓氏家系辞書』(著者・太田亮 発行・株式会社秋田書店)に春日(かすが)氏は、天足彦国押人命(あまたりひこくにおしひとのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を祖先化)から出た和珥(わに)氏で、彦坐王(ひこいますのみこ)の息子の狭穂彦王(さほひこのみこ)の子孫が物部(もののべ)氏で、春日臣(かすがおみ)の市河(いちかわ)が物部(もののべ)氏と考えられる。
瓊敷入彦と石上神宮は物部氏が管理する一族になった時代のことを示すと考えられて、石上神宮と物部氏の深いつながりが垂仁天皇時代に始まったと考えられる。
石上(いそのかみ)神宮の主祭神の布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)は、御神体の布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)の神霊で、石上(いそのかみ)神宮の禁足地(きんそくち;足を踏み入れてはならない場所)から1874年(明治7年)に掘(ほ)り出した神剣で、神武(じんむ)東征(仁徳(にんとく)東征)5年(西暦333年)に登場して、それ以降に石上(いそのかみ)神宮の禁足地(きんそくち)に埋葬したと考えられる。
布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)は、経津主神(ふつぬしのかみ;武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)と武甕槌神(たけみかづちのかみ;初代・武内宿禰(たけのうちのすくね)を神格化)の帯剣(たいけん;腰に差した剣)で、神武(じんむ)東征(仁徳(にんとく)東征)で、霊魂に影響して苦難を逃(のが)れた。
布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)は、経津主神(ふつぬしのかみ;武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)と武甕槌神(たけみかづちのかみ;初代・武内宿禰(たけのうちのすくね)を神格化)の化身のように考えられて、現在もそのような考え方が一般である。
石上(いそのかみ)神宮の祭神の布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)は、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した神刀の神霊で、石上(いそのかみ)神宮の禁足地(きんそくち)から出土した鉄刀である。
八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した神刀は、天羽羽斬剣(あめのははきりのつるぎ)や蛇之麁正(おろちのあらまさ)や十束剣(とつかのつるぎ)など別名が多くて、元々が岡山県赤磐(あかいわ)市の石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社に祭ったと伝える。
天羽羽斬剣(あめのははきりのつるぎ)は、元々が石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社に祭って、神武(じんむ)東征(仁徳(にんとく)東征)5年(西暦333年)に奈良県にあって、仁徳(にんとく)天皇時代に石上(いそのかみ)神宮へ奉納したと考えられて、年代が合致した。
布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)と天羽羽斬剣(あめのははきりのつるぎ)は、神剣や神刀と記すが、剣か刀か情報の錯綜(さくそう)で混乱して、どちらが正しいと断言できない。
石上(いそのかみ)神宮の祭神の布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)は、十種(とくさ)の神宝(かんだから)の神霊である。
十種(とくさ)の神宝(かんだから)の辺津鏡(へつかがみ)と沖津鏡(おきつかがみ)は、京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社の神宝である邊津鏡(へつかがみ)が前漢王朝時代(約2050年前)で、息津鏡(おきつかがみ)が後漢王朝時代(約1950年前)の銅鏡で、『古事記』の天日槍(あめのひぼこ)の神宝である八種(やくさ)の神宝(かんだから)の辺津鏡(へつかがみ)と奥津鏡(おきつかがみ)が合致して、謎(なぞ)の遺産とされて来た。
物部(もののべ)氏の神宝である十種(とくさ)の神宝(かんだから)は、死者をよみがえらすと伝えて、よみがえらすのが単なる言い伝えで、邊津鏡(へつかがみ)と息津鏡(おきつかがみ)が元伊勢籠(この)神社宮司家の海部(あまべ)氏の神宝で、天日槍(あめのひぼこ)の神宝である八種(やくさ)の神宝(かんだから)の3種類が完全に合致する。
物部(もののべ)氏の祖先神の饒速日命(にぎはやひのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)は、海部(あまべ)氏の祖先神の2代目・火明命(ほあかりのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)と天日槍(あめのひぼこ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)が合致して、3神とも彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化して、同一氏族と証明できる。
『日本書紀』摂政(せっしょう)52年9月10日は、履中(りちゅう)天皇6年9月10日(西暦372年10月上旬頃)で、百済から使者が千熊長彦に従ってやって来て、七枝刀(ななつさやのたち)一口など様々な宝物を収めて、これ以後に毎年あいついで朝貢するようになった。
七枝刀(ななつさやのたち)は、石上(いそのかみ)神宮の国宝の七支刀(しちしとう)で、泰和四年(西暦369年)に百済王が倭王のために作らせたと文字が読み取れる。
石上(いそのかみ)神宮は、西暦170年頃から垂仁(すいにん)天皇27年2月5日(西暦178年3月上旬頃)頃に創建して、論理的にそれ以上に古い創建年代を求められなくて、僕の自論を覆(くつがえ)せない。
<参考文献>
『完訳秀真伝』
鳥居礼・編著者 八幡書店・発行
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
インターネットの不明サイトから少々拝借
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