神様を感じること


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

神様を感じることは神頼みをした人間なら感じているかと言うと、感じているとも感じていないとも言えて、イエス・キリストやムハンマドや釈迦(ゴータマ・シッダールタ)などの宗教の開祖も神様を感じているとも感じていないとも言える。
宗教家や宮司は神様を感じることが強いかもしれないが、それが本当に神様を感じているのだろうか?
そもそも『ホツマツタエ』景行(けいこう)天皇53年の記述で、昔の教えにこうあって、『人は神であり、神は人である。神の名はその神の業績をほめ讃(たた)えたものである。神は人として道を立てる。人は素直な心でホツマの教え(『ホツマツタエ』に記された数々の教え)のままに生きれば、死後に真(まこと)の神となる』と記されてそれが真実である。
日本神話の神々…八百万(やおよろず)の神々は亡くなった人間を神格化したもので、人間が神様であって神様が人間であるのが真実・事実で、人間誰もが亡くなったら神様として神格化されて祭られる。
人間が神様であって神様が人間であることは、神様が存在するし存在しないということでもあって、つまり真実が全く分からないというのが正しい。

僕は古代日本史研究を始めた2002年10月頃に伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の黄泉(よみ)の国下り神話と狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱が合致することに気付いて、その時に僕が生まれて初めて神様の生(なま)の意識に触れた瞬間で、17年間に渡って神様の生の意識に触れてきた僕こそ神様に最も近い人間だと言っても良いかもしれない。
日本神話の神々の正体や物語を完全に求められる僕は、そういう意味で僕が「神に最も近い人間」で「神がかった存在」でもあって、僕以上に神様を深く感じた人間など存在しないかもしれない。
日本神話の天津神(あまつがみ;天上の神々)は古代天皇家の人間で国津神(くにつがみ;出雲系の地上の神々)が古代太陽神系譜(彦坐王(ひこいますのみこ)を始祖とする一族)を神格化して、日本神話の雷神と火の神様が古代の物部(もののべ)氏の人間だけを神格化して、海幸彦(うみさちひこ)と山幸彦(やまさちひこ)の神話が大山守皇子(おおやまもりのみこ)の反乱を神話化しているのが真実・事実である。
ギリシア神話や朝鮮半島の神話などを世界中に残した古代天皇家の先祖は、天皇家誕生の西暦84年から日本に腰を落ち着けてから世界中に神話を伝えたことを忘れて、世界中と日本の神話の真実さえ忘れてしまって、天皇家と多少の関わりを持つ僕が真実・事実を求めた。
このように神々の真実・事実を求められる僕は、世界中で誰よりも強く神様の意識に触れることができる人間なのかもしれない。

神様の生の意識を感じることのできる僕は、17年間に渡って神様の鼓動や息吹(いぶき)を感じ取って時間を積み上げて、日本神話の研究を進めてきたことで誰よりも強く大きく高く神々の存在を知った。
そんな僕が他の人間より神様を理解していないというなら、それは妬(ねた)みや嫉妬(しっと)で神様の何も知らない人間の感情にすぎない。
38年の人生を生きて何度も自殺未遂をした僕は生と死を見つめて、命・魂・精神・戦争・平和という要素をよく考えて、政治・宗教・社会など世の中の移り変わりを感じたりして、誰よりも色々な物事を見聞きしてきたつもりである。
そんな僕は世界中で最もすぐれた人間と言われてもおかしくなくて、歴史研究で常に神様の意識に触れ続けて加護され続けてきた奇跡の存在で、そんな僕が神様と呼ばれてもおかしくないほどに神様に近い存在なのである。
神様を感じることは凡人だと僕の歴史研究の成果で日本神話の神様の意識に触れられるが、僕が日本神話の神々の正体を求められるという意味で、直接に神様の意識に触れ続けた僕と凡人との決定的な違いで、神様の直接の意識に触れることができた者と見聞きした者の差である。

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