西暦188年の遣漢使


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

後漢王朝遣使(遣漢使)は古代天皇家が古代中国の王朝と初外交したもので、『後漢書』の11代目・桓帝と12代目・霊帝の在位期間(西暦147年から189年)の間で、遣漢使が遣隋使や遣唐使に習(なら)って僕が作った造語で、現代人にその年代を求められるはずがない。
遣漢使は東大寺山(古墳出土)鉄刀から西暦180年代がよく想定されるようだが、『日本書紀』から年代操作の偽装工作をひもとけない限り一生把握できない。
東大寺山古墳の出土品は国宝に指定されて、僕の知る限り東大寺山鉄刀だけが邪馬台国唯一の国宝であるが、他人にそれを求めるのが不可能である。

『日本書紀』から年代操作の偽装工作をひもとく必要があると述べたが、詳しくは『日本書紀』よりも古代に記された『ホツマツタエ』に基づいて、天日槍(あめのひぼこ)に関わる年代を西暦年に直す必要があって、4世紀中頃以降に編纂(へんさん)された『ホツマツタエ』に西暦年が使われたのが事実である。
天日槍に関わる年代を西暦年に直すと、垂仁天皇3年が正しくは垂仁(すいにん)天皇崩御(ほうぎょ;天皇が亡くなること)年から逆算しての3年…垂仁天皇37年1月(西暦188年2月頃)で、垂仁天皇88年が正しいのが西暦188年で、垂仁天皇37年7月10日(西暦188年8月上旬頃)に直して、垂仁(すいにん)天皇90年が正しいのが垂仁天皇30年2月(西暦181年3月頃)となる。
垂仁天皇3年は崩御年から逆算しての3年の西暦188年で、垂仁天皇88年が西暦188年をそのまま利用していることから、遣漢使の年代が西暦188年となるのが不動と考えられる。
垂仁天皇90年は垂仁天皇から詔(みことのり;天皇の述べた言葉)があって、天日槍の曾曾孫の田道間守(たじまもり)に香久橘(かぐたちばな)を求めて、日高見(ひだかみ;東北地方南部のどこか)の常世(とこよ)の国に行けと命じて、垂仁天皇30年2月(西暦181年3月頃)に田道間守を遣漢使に任命されて出発したと考えられる。
垂仁天皇3年は垂仁天皇が天日槍の子の諸助(もろすけ)を家臣にしたと記されるが、そうでなく垂仁天皇37年1月(西暦188年2月頃)に田道間守が後漢王朝へ到着して皇帝に謁見(えっけん)したと考えられる。
垂仁天皇88年は垂仁天皇から詔があったと記すが、垂仁天皇37年7月10日(西暦188年8月上旬頃)に後漢王朝の皇帝が田道間守に宝物を下賜されたと考えられる。
この3文を集約すると、垂仁天皇30年2月(西暦181年3月頃)に田道間守を遣漢使に任命されて出発して、垂仁天皇37年1月(西暦188年2月頃)に田道間守が皇帝に謁見して、垂仁天皇37年7月10日(西暦188年8月上旬頃)に皇帝が田道間守に宝物を下賜されたと考えられる。
景行(けいこう)天皇元年3月(西暦191年4月頃)に遣漢使から田道間守が帰って、田道間守が垂仁天皇の皇居だった纏向珠城宮(まきむくたまきのみや)に帰ったが、すでに垂仁天皇が亡くなって、田道間守が遺言(ゆいごん)を残して垂仁天皇を追って死んでしまった。
古代天皇家が初めて古代中国の王朝と外交した遣漢使は、中国への到着と帰還までかなりの年月を要して、なぜ時間がかかったのか謎であるが、外交関係を結んだのが画期的なことだと考えられる。
『後漢書』の拘奴国(くぬこく)は、『魏志倭人伝』の狗奴国(くぬこく)と同一国と考えられて、邪馬台国(古代天皇家)が拘奴国(熊襲(くまそ)王国)を報告したのが景行天皇19年(西暦209年)以降から後漢王朝滅亡の西暦220年までの遣漢使だと考えられる。

田道間守は垂仁天皇の皇子の祖別命(みおやわけのみこと)と同一人物と考えられて、理由が複雑なので飛ばすが天日槍(彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)の曾曾孫で、物部(もののべ)氏の養子になったと考えられる皇女の弟橘姫(おとたちばなひめ;伊香色謎命(いかがしこめのみこと)を子孫化)が娘である。
田道間守の一族の系図は、「神功(じんぐう)皇后の系図」の章で紹介しているが、詳しく求められるはずもなく、僕の3冊目の本の出版を待ってほしい。

遣漢使の宝物は、天日槍の八種(やくさ)の神宝(かんだから)と饒速日命(にぎはやひのみこと)の十種(とくさ)の神宝(かんだから)と火明命(ほあかりのみこと)の2神鏡の息津鏡(おきつかがみ)と邊津鏡(へつかがみ)が一致する。
他の遣漢使の宝物は、東大寺山鉄刀が八種の神宝の胆狭浅太刀(いであさのたち)と十種の神宝の八握剣(やつかのつるぎ)と同一と考えられて、出土少例の画文帯環状乳神獣鏡が他のに当たると考えられる。
遣漢使は天日槍だけでなく、日本神話の神様の火明命と饒速日命とも関わって、全て彦坐王の子孫とも関わることが偶然でなく、古代日本史を世界で唯一ひもとける僕からすれば必然である。
このホームページと関連があるのは、「火明命」と「饒速日命」と「天日槍」と「後漢王朝からの下賜品」の章などで、それらを見ることを薦(すす)める。

<参考文献>
『完訳秀真伝』
鳥居礼・編著者 八幡書店・発行
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
『古代日本史への挑戦』
僕・著者 株式会社オカムラ・発行
『続・私の半生と古代日本史』
僕・著者 株式会社オカムラ・発行

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