前知識


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

僕は今まで現代哲学理論「現象学」を証明したとほざいたが、2019年5月中旬頃にようやく完全に証明して、今までが完全に中途半端だったのが過去の資料を見れば分かる。

現代哲学理論「現象学」は考え方の哲学で、エドムント・フッサールが「当たり前だと思うこと(常識)を疑う」や「伝統的なものの見方をひっくり返す」や「思い込みの数だけ解釈がある」と定義して、考え方を哲学したことがよく分かる。
「現象学」は、コペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)という高度な考え方を定義付けて、コペルニクス的転回が地動説のコペルニクスとガリレオ、進化論のダーウィン、相対性理論のアインシュタイン博士、歴史研究の僕などが得意な考え方である。
「現象学」は、コペルニクス的転回の根底にある考え方の「矛盾(パラドックス)」などの説明にも重要な役割を果(は)たす。
現代哲学理論「現象学」を定義付けることは、人間の考え方そのものを定義付ける大切なもので、いずれ世界中の人々がその重要性に気付く。

僕は常識・固定観念・先入観・理屈・伝統に捕らわれず、現代哲学理論「現象学」を理解して、コペルニクス的転回を使えて、これが現代人をはるかに超えた理由で、アインシュタイン博士以上の天才になった理由でもある。
エドムント・フッサールの現代哲学理論「現象学」は、僕が他人に教えられるコペルニクス的転回「自己認識の再構築」を説明するのに必要で、これを教えることで凡人をはるかに凌駕(りょうが)できるだろう。
常識・固定観念・先入観・理屈・伝統と現代哲学理論「現象学」とコペルニクス的転回「自己認識の再構築」は、根本的に全てが一つにつながっているかもしれないが、これが僕の感じた感覚で捕らえたものである。
僕は現代哲学理論「現象学」を理解しているのでなく、「現象学」をコペルニクス的転回「自己認識の再構築」を説明する上で証明したのかもしれないが、別に僕が哲学者だと言うつもりなどない。

僕が古代日本史研究を始めたのは2002年10月頃で「記紀」の現代語訳本を購入して、『古事記』の狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱と『日本書紀』の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の黄泉国(よみのくに)下り神話が合致すると気付いたコペルニクス的転回から全てが始まった。
2003年5月頃に考古学会の北九州4ヶ国(北九州の属国)の定説が間違いで、僕の自論を組み立てるのに使ったのがコペルニクス的転回「自己認識の再構築」である。
2004年5月8日に京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社の海部光彦(あまべみつひこ)宮司にお会いして、哲学を勉強したらどうかと薦(すす)められて、参考文献『この一冊で「哲学」がわかる!』を購入して、コペルニクス的転回「自己認識の再構築」の存在を知った。

コペルニクス的転回「自己認識の再構築」は、頭の中に思い浮かべる常識・固定観念・先入観・理屈・伝統を意図的に排除して、新しいイメージや情報を作り上げる能力である。
僕のコペルニクス的転回は全て「自己認識の再構築」が基礎になっているのか分からず、考え方が直観だから根本的に求めるのが難しくて分からない。
どうであるにしても現代哲学理論「現象学」とコペルニクス的転回「自己認識の再構築」は、僕が他人に教えられる圧倒的な考え方で、それを理解して使えるようになれば無敵のようなものである。

<参考文献>
『この一冊で「哲学」がわかる!』
白取春彦・編者 株式会社三笠書房・発行
インターネット

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