宗像(むなかた)大社・沖ノ島(おきのしま)


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

宗像大社と沖ノ島は明確な所いつ頃祭られたか分からないが、古墳時代前期ほどと考えて間違いないだろう。
宗像大社と沖ノ島は謎に包まれた古社で、僕なりにその歴史をひもといてみる。

『ホツマツタエ』5章の宗像大社に関係あると思われる記述を記す。

またアツ川にて、底(そこ)、中(なか)、表(うわ)のワタツミの三神を請来され、この三神はムナカタに祭らせた。

またアツ川(滋賀県の安曇川(あどかわ)か?)で底と中と表の少童命(わたつみのみこと;誰を神格化したか不明)の3神が来ることを願って、この3神は宗像(むなかた;誰を神格化したか不明)に祭らせた。
『ホツマツタエ』の記述からかつて宗像大社では、底津綿津見神(そこつわたつみのかみ;誰を神格化したか不明)と中津綿津見神(なかつわたつみのかみ;誰を神格化したか不明)と上津綿津見神(うわつわたつみのかみ;誰を神格化したか不明)の3神が祭られたのでないかと考えられる。
現在の宗像大社では底津綿津見神と中津綿津見神と上津綿津見神を祭っていないようなので、祠(ほこら)でもいいから宗像大社に合祀すべきでないかと思う。

『ホツマツタエ』6章の宗像大社に関係あると思われる記述を記す。

…ムナカタの娘オリハタヒメオサコを西の内侍(うちめ)。

アマテルカミ(天照神;倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)でなく月読尊(つくよみのみこと;景行(けいこう)天皇を神格化)の妃として、宗像(誰を神格化したか不明)の娘の織機姫筬子(おりはたひめおさこ;誰を神格化したか不明)を西の内侍に選ばれた。
月読尊の妃は東西南北の4局(つぼね)を典侍(すけ)と内侍と御下(おしも)という3人が選ばれて、合計12人が妃になったと『ホツマツタエ』に記されて、実際に景行天皇に80人近い子供がいたから妃がもっといたと考えられる。
宗像は娘を天皇の妃に選ばれるくらいだから、ある程度高い身分の神様と考えられるが資料が少なすぎて分からない。

月隅(つきすみ;九州)は、シマツヒコより七代目のカナサキの血縁であるムナカタが補佐し治めていました。

九州は島津彦(しまつひこ;誰を神格化したか不明)から7代目の金析(かなさき;野見宿禰(のみのすくね)を神格化)の血縁である宗像(誰を神格化したか不明)が統治していました。
九州を統治した宗像というのは時代から考えて、野見宿禰の子孫に当たる物部(もののべ)氏の人間を神格化していると考えられる。

またハヤコが真名井(まない)で生んだ三児の御子は、一番目がオキツシマヒメタケコ、二番目がエノシマヒメタキコ、三番目がイチキシマヒメタナコです。

また早子(はやこ;伊香色謎命(いかがしこめのみこと)を神格化)が生んだ長女を瀛津嶋姫(おきつしまひめ)竹子(たけこ;誰を神格化したか不明)、次女を江之嶋姫(えのしまひめ)湍子(たきこ;誰を神格化したか不明)、三女を市杵嶋姫(いちきしまひめ)田奈子(たなこ;誰を神格化したか不明)と言う。
景行天皇と伊香色謎命は3姉妹をもうけて、この3姉妹を神格化したのが宗像三神だが、『古事記』で宗像三神が素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)の子供とされて、宗像三神が月読尊の子供なのが正しい血筋である。
スサノヲ(日本武尊を神格化)は早子(伊香色謎命を神格化)と密通して、それが原因で月読尊の皇后の瀬織津姫(せおりつひめ;八坂高依姫(やさかたかよりひめ)を神格化)から早子が宗像三神を連れて九州の豪族の家に閉じこもって外に出ないようにと言われたが、早子が約束を破ってついに八岐大蛇(やまたのおろち)になった。
『ホツマツタエ』の日本神話では日本武尊と伊香色謎命が密通しているが、人代だと景行天皇の妃の伊香色謎命が景行天皇の息子の日本武尊に嫁(とつ)ぐ時に問題視されたが何もなかったらしい。
日本武尊の反乱の原因は伊香色謎命との密通なのか、反乱に伊香色謎命の出身の出雲王国を巻き込んだことなのかよく分からなくて、日本武尊の反乱の原因の答えを日本神話か人代のどちらに求めるべきか分からない。

景行天皇12年から19年(西暦202年から209年)に景行天皇自ら九州平定の総大将となって、九州全土を支配下に置いたと『ホツマツタエ』に記されていて、この時代の考古学的証拠を僕は知らない。
宗像大社はいつ頃創建されたか予測できないが、沖ノ島の沖津宮に瀛津嶋姫竹子を祭って、大島の中津宮に江之嶋姫湍子を祭って、宗像市の総社・辺津宮に市杵嶋姫田奈子を祭って、総合して宗像大社と宗像三神とする。
西暦210年以降に沖ノ島を航海の安全祈願に宝物を祭るようになって、古墳時代以降の宝物が出土して「海の正倉院」と呼ばれて、2017年7月9日に世界遺産に登録されて、島を荒らされないように宮司以外立ち入り禁止とされた。
宗像大社と沖ノ島は『ホツマツタエ』に記されていないようだが、アインシュタイン博士以上の天才の僕が求めた限りだとこのようになる。

<参考文献>
『完訳秀真伝』
鳥居礼・編著者 八幡書店・発行
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
インターネット

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