純粋(じゅんすい)な思い


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

純粋な思いから求めた僕の歴史研究は、『グリム童話』の中の『星の銀貨』や僕の好きなアニメ『フルーツバスケット』に登場する『世界で一番バカな旅人』などの純粋な優(やさ)しい主人公がモデルである。
『星の銀貨』は、下記のような物語である。

昔ある所にずいぶん貧(まず)しい少女がいて、彼女の両親が亡くなって、住む所も食べるものも着るものもなくて、親切な人からもらったパンと彼女の着る服だけが彼女に残された唯一のものだった。
しかし彼女は、とても良い心の持ち主で、彼女が道を歩いていたらお腹(なか)をすかせた男に出会って、彼女がためらいもなく男にパンを渡して、また歩き出した。
今度は寒(さむ)がっている少年に出会って、彼女が親切に着ているフードを渡して、また歩き出すと、また別の寒がっている少年に出会って、彼女が来ているワンピースを少年に渡して、また歩き出した。
そうしているとまた別の少年が現われて、彼女に残された唯一の下着を欲しがって、彼女がその下着も少年にあげた。
やがて着るものも食べるものもなくした彼女は、その場に立っていると星が彼女の元に降(ふ)って来て、神様が彼女の行(おこ)ないを誉(ほ)めて、降って来た星が銀貨に変わって、少女が裕福に暮らした。

『世界で一番バカな旅人』は、下記のような物語である。

馬鹿な旅人は旅をしていて、どう馬鹿かと言うとすぐだまされて、町の人に次々にだまされて、その度(たび)にお金や服や靴(くつ)を何度もだまし捕(と)られて、でも旅人が馬鹿だから、これで助かると言う嘘に涙をポロポロ流して、そしてお幸せにと言って、とうとう裸(はだか)になった。
さすがに旅人は、恥(は)ずかしくて森の中を旅して、そしたら次に森に住む魔物たちに会って、魔物たちが旅人の体を食べたくて、言葉たくみにだまして、もちろん旅人が腕一本や足一本と失(うしな)って、とうとう旅人が頭だけになった。
最後は一匹の魔物に目玉をあげて、魔物が目玉をバリバリ食べて、ありがとうと言って贈(おく)り物をあげると置いて行って、贈り物がバカと書かれた紙切れ一枚だったが、でも旅人が初めての贈り物で、うれしいありがとうと目玉のない目からポロポロ涙を流して、そして旅人がポックリ死んでしまった。
その話を聞いた皆はくだらないと笑ったが、でも少年が目を閉じて考えたら、だまされて頭だけになって、ありがとうと言って泣いた旅人のことを思うと、なんて愛(いと)おしいのだろうと思った。
損とか苦労とか考えるだけ無駄で、旅人はそんなことを考えてなくて、ただ誰かにとってそれが馬鹿でも、僕にとって馬鹿じゃなくて、誰かにとってだましがいのある人でも、僕がだまさず喜(よろこ)ばせてあげたいと思うだけ。
それでもやっぱり旅人は、馬鹿だと思うか目を閉じて何を思う。

2つの物語の主人公は、とても優しい心の持ち主で、下心(したごころ)や打算など一切関係なく、純粋な思いを貫(つらぬ)く物語である。
優しさや厳(きび)しさなどの個性は、その人の後天的に身に付けたもので、絶対的な優しさを持つ人がそう簡単にいなくて、心のどこかで優しさを失うのが当たり前で、厳しくて国が滅亡したのが歴史上の教訓である。
僕の歴史研究は、純粋で知的な好奇心や探究心から求めて、それを純粋に僕以外の人間に知ってほしいと願う。
周囲の人間は、その僕の純粋な好奇心や探究心や知ってほしい思いを理解されず、僕が後付けで著作権などのお金儲(かねもう)けを考えたりするだけで、僕の純粋な思いを理解されなくて勘違いされる。
それが世の常(つね)だとしても、僕が遺言(ゆいごん)や著作権を残して、WHO(世界保健機関)やUNICEF(国際連合児童基金)などに寄付したり、財団を作るために動こうと考えるのは、全て純粋な思いの後付けの救世(ぐぜ)にすぎない。
僕の全てを理解されるとは思わないが、少しでも自分を理解してもらうためにこの思いを後世に託(たく)す。

<参考文献>
ウィキペディアの『星の銀貨』
アニメ『フルーツバスケット』(2019年)11話
インターネット

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