「思い込み」の数だけ解釈がある


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

テレビを初めて見た猿や幼児が箱の中に何かあると錯覚して、テレビに触れたり裏に回ったりするのが「思い込み」である。
「思い込み」には偉大な効果があり、医者からただの水を良薬だと言われて飲んでいると、その患者が治ることのあるプラシーボ効果が知られる。
車の運転は「思い込み」が交通事故につながることがあって、思い込んで意識することが認識につながると思われる。

邪馬台国論争で定説の北九州4ヶ国(北九州の属国)は、それが考古学者の統一見解として間違いないと言われて、そう国民が信じ込まされた「思い込み」で間違いだった。
「思い込み」には常識と非常識と同じように正しいものと間違ったものがあることを知らないといけない。
定説の北九州4ヶ国を正しいと信じた研究者は、そこから陸路で福岡県山門(やまと)郡に入るのが九州説の主流、畿内説なら日本海から出雲を抜けて京都府北部から大和に向かうか、関門海峡を抜けて神戸辺りから大和に向かうかなどの説だが、全て定説を正しいと思い込んで生み出した多大な拡大解釈の間違いだった。
結論から言うと北九州4ヶ国で正しいのは、自論の福岡県内を横断するもので、『魏志倭人伝』の記述にある距離と方角に符合するのが確実な解答である。
「思い込み」をする数の分だけ、そこからさらに発展させる拡大解釈が生まれることの証明で、「思い込み」の中で何が正しいか間違いか判断する必要がある。
「思い込み」の数だけ拡大解釈が生まれることは、シロウトと専門家の歴史研究で明らかで、アインシュタイン博士以上の超天才の僕でもしている。

<参考文献>
『この一冊で「哲学」がわかる!』
白取春彦・編者 株式会社三笠書房・発行
インターネット

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