大国主神(おおくにぬしのかみ)
出雲大社の祭神の大国主神(おおくにぬしのかみ)は、縁結びの神様として有名で、多くの女神と結婚して、大黒様と同一神として知られるが、大国主神(おおくにぬしのかみ)が怨霊(おんりょう;怨(うら)み祟(たた)る霊)でない考え方と怨霊(おんりょう)とする説があって、世界でただ一人の日本神話を完全解釈した僕にしかひもとけなくて、謎(なぞ)に包まれた大国主神(おおくにぬしのかみ)を超天才の僕が簡単に教えて行く。
大国主神(おおくにぬしのかみ)の名前の意味は、大きい国の主(あるじ)の神で、初代出雲国王の彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化したのが大きな国(奈良県と大阪府と京都府と兵庫県と鳥取県と島根県)を平定して、7代目出雲国王の飯入根(いいいりね)を神格化したのが大きな国(中国地方)の統治者を意味して、2人の先祖と子孫を神格化したのが間違いない。
初代・大国主神(おおくにぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)は、葦原中国(あしはらなかつくに;日本全土や中国地方を指す)を平定して、大きな国(奈良県と大阪府と京都府と兵庫県と鳥取県と島根県)を平定した功績を拡大解釈して、もっと多くの土地を平定した神話が生まれたと考えられる。
2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、根(ね)の国下(くにくだ)り神話から出雲の国譲(くにゆず)り神話まで飯入根(いいいりね)の活躍で、先祖の彦坐王(ひこいますのみこ)と子孫の飯入根(いいいりね)の事績が合体して、大国主神(おおくにぬしのかみ)の活躍が拡大解釈された。
彦坐王(ひこいますのみこ)は、「記紀」にほとんど登場しないが、実在した初代の崇神(すじん)天皇の実兄で、初代の太陽神の宮司でもあって、複数の男性の古代太陽神に神格化して、元伊勢籠(この)神社宮司家の海部(あまべ)氏と出雲王国(物部(もののべ)氏)の先祖で、物部(もののべ)氏の子孫が竹内(たけうち)氏と出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏で、大阪府と奈良県と京都府と兵庫県と鳥取県と島根県を平定して、あまりにも伝説的な英雄である。
饒速日尊(にぎはやひのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)は、西暦81年から83年のうちに、河内(かわち;大阪府東部)に天孫降臨して、大阪府と奈良県を平定して、実弟の崇神(すじん)天皇が西暦84年に日本を建国(天皇家誕生)して、饒速日尊(にぎはやひのみこと)と彦坐王(ひこいますのみこ)が出雲王国(物部(もののべ)氏)の先祖で、出雲大社が物部(もののべ)氏の神社である。
つまり実在の初代の崇神(すじん)天皇は、奈良県の天皇家(皇室)の先祖で、実兄の彦坐王(ひこいますのみこ)が初代出雲国王で、子孫の出雲王家(物部(もののべ)氏)が崩壊して、出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏に氏族名を変えて存続して、初代・大国主神(おおくにぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)と2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)を同一神として、22年間の歴史研究で全部を僕がひもといた。
2代目・火明命(ほあかりのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)は、丹波(たんば;古代の京都府北中部)に天孫降臨して、西暦94年に京都府北部と兵庫県北部を平定して、2代目・火明命(ほあかりのみこと)と彦坐王(ひこいますのみこ)が京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社宮司家である海部(あまべ)氏の先祖で、彦坐王(ひこいますのみこ)の息子の異母兄弟が海部(あまべ)氏と物部(もののべ)氏の先祖である。
初代・火明命(ほあかりのみこと;誉屋別皇子(ほむやわけのみこ)を神格化)は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと;誉田別尊(ほむだわけのみこと;即位しない応神(おうじん)天皇)を神格化)の実兄で、2代目・火明命(ほあかりのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)の子孫だが、初代・火明命(ほあかりのみこと)の甥(おい)が2代目・火明命(ほあかりのみこと)とされて、系図が滅茶苦茶になったが、超天才の僕が完全に解明した。
饒速日尊(にぎはやひのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)と2代目・火明命(ほあかりのみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと;誉田別尊(ほむだわけのみこと;即位しない応神(おうじん)天皇)を神格化)の兄弟か甥(おい)として、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)も含めた3つの天孫降臨神話を残して、僕にしか日本神話を完全解釈できなくて、僕の大偉業の凄(すさ)まじさを物語る。
『出雲国風土記』の国引き神話(出雲の建国神話)は、西暦95年に八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)が出雲の建国をして、八束水臣津野命(やつかみずおみつののみこと)と彦坐王(ひこいますのみこ)が出雲王家(物部(もののべ)氏)の先祖で、日本のアーサー王の彦坐王(ひこいますのみこ)がいかに伝説的英雄かよく分かる。
大国主神(おおくにぬしのかみ)は、大己貴神(おおなむちのかみ)や大国玉神(おおくにたまのかみ)や大物主神(おおものぬしのかみ)などの別名を記して、大物主神(おおものぬしのかみ)が7人の出雲国王を神格化して、『ホツマツタエ』で2代目・大物主神(おおものぬしのかみ)が倭大国魂神(やまとおおくにたまのかみ)と同一神で、2代目・大物主神(おおものぬしのかみ)が大国主神(おおくにぬしのかみ)でもあって、
『ホツマツタエ』や「記紀」が非常に難しく、他にも重なる。
総合すると初代・大国主神(おおくにぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)は、初代・大物主神(おおものぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)と同一神で、2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)が7代目・大物主神(おおものぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)と同一神で、大己貴神(おおなむちのかみ)や大国玉神(おおくにたまのかみ)や倭大国魂神(やまとおおくにたまのかみ)などと混同するのである。
この難しい説明は、僕のホームページ全体を見て把握するか、僕の出版していない3冊目の本の公表を待って、僕の情報の権利…著作権の超知識を開示されるのを待つしかないと思う。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の息子か6世孫の大国主神(おおくにぬしのかみ)は、素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)の婿(むこ)養子が大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)で、初代・大国主神(おおくにぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)から数えて7代目(6世孫)が2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)である。
つまり初代・大国主神(おおくにぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)は、6世孫の2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)が初代・大物主神(おおものぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)から数えて、6世孫の7代目・大物主神(おおものぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)に当たる意味である。
同じく素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)の一人娘の須勢理毘売(すせりひめ;布忍姫(ぬのおしひめ)を神格化)は、2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)と結婚して、息子の事代主神(盧濡渟(うかずくぬ)を神格化)を生んで、日本神話の意味や特徴が僕にとって簡単すぎで、22年間の歴史研究の成果を甘く見れない。
盧は、「盧へん」に鳥の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武(やまとたけ)天皇を神格化)は、邪神の八岐大蛇(やまたのおろち)を斬殺して、脚摩乳(あしなづち;義父の野見宿禰(のみのすくね)を神格化)と手摩乳(てなづち;花橘(はなたちばな)を神格化)の娘の奇稲田姫(くしいなだひめ;弟橘姫(おとたちばなひめ)を神格化)と結婚して、景行(けいこう)天皇と弟橘姫(おとたちばなひめ)の孫の2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)が生まれた。
因幡(いなば;鳥取県東部)の白兎(しろうさぎ;日本武(やまとたけ)天皇を神格化)は、鮫(さめ;皇族や豪族)の包囲網から逃げて、山城(京都府南部)から京都府北部の海岸に逃げて、海に逃れて出雲王国(物部(もののべ)氏)に亡命した。
八十神(やそがみ;日本武(やまとたけ)天皇の兄弟)が何度も殺そうとしたのは、2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)でなく、素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武(やまとたけ)天皇を神格化)で、出雲国王の飯入根(いいいりね)が古代天皇家に強硬な外交をして、日本武(やまとたけ)天皇を引き渡さなかったからと考えられる。
2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、根(ね)の国(北陸地方)で、素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)の娘の須勢理毘売(すせりひめ;布忍姫(ぬのおしひめ)を神格化)を正妻にして、生太刀(いくたち;草薙剣(くさなぎのつるぎ)か?)と生弓矢(いくゆみや;天鹿児弓(あめのかごゆみ)と天羽羽矢(あめのははや)と天詔琴(あめののりごと;天逆鉾:あめのさかほこ)を入手して、八十神(やそがみ;日本武(やまとたけ)天皇の兄弟)を殺した。
2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武(やまとたけ)天皇を神格化)の亡命をかばってから、素戔嗚尊(すさのおのみこと)の異母兄弟の少彦名命(すくなひこなのみこと;少彦男心命(すくなひこおこころのみこと)を神格化)が大和からの外交官として、出雲王国にやって来て、2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ)と少彦名命(すくなひこなのみこと;少彦男心命(すくなひこおこころのみこと)を神格化)が共に出雲の国土を開拓した。
2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、2代目・大物主神(おおものぬしのかみ;狭穂彦王(さほひこのみこ)を神格化)の子孫の大物主神(おおものぬしのかみ;少彦男心命(すくなひこおこころのみこと)を神格化)がいなければ、出雲王国を統治できなかったが、歴代の大物主神(おおものぬしのかみ;歴代の出雲国王を神格化)を指す場合もある。
天稚彦(あめわかひこ;少彦男心命(すくなひこおこころのみこと)を神格化)は、出雲王国に派遣されて、2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)の娘の下照姫(したてるひめ;誰を神格化したか不明)を妻として、2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ)を補佐して、大和に8年間も帰還せず、天鹿児弓(あめのかごゆみ)と天羽羽矢(あめのははや)で、無名雉(ななしきじ;誰を神格化したか不明)を射殺して、7代目・高皇産霊尊(たかみむすびのみこと;武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)に殺された。
ここまでは、出雲の国譲(くにゆず)り神話より前の出雲神話で、2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)を中心に記した。
出雲の国譲(くにゆず)り神話は、仲哀(ちゅうあい)天皇9年神無月11日から17日(西暦260年11月中旬頃)の短時間で、出雲王国(物部(もののべ)氏)の上層部を一掃して、出雲大社の神有祭(かみありさい)の時期に当たる。
2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、根(ね)の国下(くにくだ)り神話から出雲の国譲(くにゆず)り神話まで飯入根(いいいりね)の活躍で、先祖の彦坐王(ひこいますのみこ)と子孫の飯入根(いいいりね)の事績が合体して、大国主神(おおくにぬしのかみ)の活躍が拡大解釈された。
7代目の高皇産霊尊(たかみむすびのみこと;武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)は、葦原中国(あしはらなかつくに;出雲王国)平定に2軍神の経津主神(ふつぬしのかみ;武渟川別(たけぬなかわわけ)を神格化)と武甕槌神(たけみかづちのかみ;初代・武内宿禰を神格化)を派遣して、2軍神が出雲大社の近くの浜に上陸されて、剣を抜かずに2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)と話し合いをされて、宣戦布告か降伏かを迫られた。
その時に2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、子供に相談して決めると言ったので、島根県松江市三保関町の崎にいた息子の事代主神(盧濡渟(うかずくぬ)を神格化)が無条件降伏したが、もう一人の息子の建御名方神(たけみなかたのかみ;日本武尊を神格化)が武甕槌神(たけみかづちのかみ;初代・武内宿禰を神格化)に抵抗して、敗北して長野県の諏訪(すわ)に逃げて、反乱の責任で殺された。
素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武(やまとたけ)天皇を神格化)と婿(むこ)養子の2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、戦死して出雲王国(物部(もののべ)氏)が崩壊して、日本武(やまとたけ)天皇が出雲に持ち去った三種の神器が邪馬台国(大和国;やまとこく)の神功(じんぐう)皇后の元に戻って、出雲王国が解体した。
2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)の息子の事代主神(盧濡渟(うかずくぬ)を神格化)は、3世紀末から4世紀初頭頃に出雲大社を創建したと考えられて、盧濡渟(うかずくぬ)の子孫が出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏で、現在まで血筋が続く。
怨霊(おんりょう;怨(うら)み祟(たた)る霊)の2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)は、先祖の2代目・大物主神(おおものぬしのかみ;狭穂彦王(さほひこのみこ)を神格化)と同一神の7代目・大物主神(おおものぬしのかみ;狭穂彦王(さほひこのみこ)を神格化)も怨霊(おんりょう)である。
出雲大社の主祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武(やまとたけ)天皇を神格化)側の天皇家と出雲王国(物部(もののべ)氏)側の初代・大国主神(おおくにぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)を神格化)と2代目・大国主神(おおくにぬしのかみ;飯入根(いいいりね)を神格化)の3神で、超天才の僕にしか特定できなかった。
<参考文献>
『日本書紀(上)全現代語訳』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
『ホツマ辞典』
池田満・著者 ホツマ刊行会・発行
『完訳秀真伝』
鳥居礼・編著者 八幡書店・発行
『出雲大社と千家氏の秘密』
中見利夫・著者 株式会社宝島社・発行
インターネットの不明サイトから少々拝借
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