流血の歴史


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

天皇家の流血の歴史は「記紀」などの歴史書が伝える史実で、西暦84年に建国してから1935年目になる今年まで繰り返され続けた歴史の上に築かれて、何度も皇室が危機的状況にありながらも存続してきた。
他国に介入されることの少なかった皇室の歴史は、世界中の文明の広まりと共に幕末や太平洋戦争で外国を巻き込んで、流血を世界的に広げる結果につながった。
流血の歴史は繰り返すべきでなく、互いに分かり合って何としても未来に平和を築くための第一歩が大切である。

『ホツマツタエ』の記す古代天皇家の戦争は、倭国大乱(2代目出雲国王の狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱)と男王の反乱(皇太子の日本武尊(やまとたけのみこと)の反乱)と長髄彦(ながすねひこ)の反乱(大山守皇子(おおやまもりのみこ)の反乱)である。
古代天皇家の皇位継承権争いは初代の崇神(すじん)天皇から続いた崇神天皇の血筋や最古の皇族である彦坐王(ひこいますのみこ)の血筋が起こした天皇家の最初から3度目までの内乱で、現在の皇室に崇神天皇の血筋が受け継がれるか明確に実証する方法がない。
倭国大乱(狭穂彦王の反乱)は邪馬台国(やまとこく;大和国)の名前が歴史の表舞台に出た出来事で、垂仁天皇5年6月1日(西暦156年7月上旬頃)に発覚した出雲王国の裏切りで、中国の歴史書に歴年と記されて一年以上続いた内乱だった。
男王の反乱(日本武尊の反乱)は『三国志・魏志倭人伝』に卑弥呼の死後から国中遂定までの間に記されて、西暦251年から仲哀(ちゅうあい)天皇9年(西暦260年)までで、日本武尊が出雲王国を巻き込んで崩壊させた内乱だった。
長髄彦の反乱(大山守皇子の反乱)は中国の歴史書に記されず邪馬台国の後の戦争で、父親の誉田別尊(ほむだわけのみこと)が決めた皇位継承権に不満を持った仁徳(にんとく)天皇の異母兄弟の大山守皇子が起こしたもので、西暦330年代に宮崎県から奈良県に及んだ神武(じんむ)東征(仁徳東征)に当たる。
その後の古代天皇家が関わった戦争は、仁賢(にんけん)天皇11年8月(西暦498年9月頃;正しくは武烈(ぶれつ)天皇時代)に8代目・武内宿禰(たけのうちのすくね)の平群真鳥(へぐりのまとり)が起こした内乱などがある。
『ホツマツタエ』と「記紀」の記す古代天皇家の戦争は、初代の崇神天皇から14代目の武烈天皇までの崇神天皇の血筋である古代天皇家の流血の歴史で、僕以外に正史をひもとける人間などこの世に一人も存在しなくて、何が正しいか間違いか分かるからこそ求められる。

西暦507年に即位した15代目の継体(けいたい)天皇から115代目の今上(きんじょう)天皇(現在の天皇陛下)までは、直系の血筋が百一代に渡って続いたと伝えて明確な根拠がないが、今年まで数えて合計1512年に及ぶ歴史が刻まれた事実がある。
神仏戦争は神道派の物部守屋(もののべのもりや)と仏教派の蘇我馬子(そがのうまこ)が争った西暦587年の戦争で、蘇我馬子の方に厩戸皇子(うまやどのみこ)と呼ばれた聖徳太子が関わったことなどで知られて、出雲王家(物部(もののべ)氏)の直系子孫である武内宿禰の子孫の蘇我(そが)氏の戦争で物部氏宗家が滅んだとされる。
乙巳(いっし)の変は西暦645年に皇子の天智(てんじ)天皇と藤原鎌足(ふじわらのかまたり)が蘇我蝦夷(そがのえみし)と蘇我入鹿(そがのいるか)の親子を殺害した政変で、大化の改新と混同される出来事で皇室が直(じか)に起こした戦争だった。
壬申(じんしん)の乱は弘文(こうぶん)天皇と天武(てんむ)天皇の皇位継承権を巡る西暦672年の内乱で、弘文天皇に反逆した天武天皇が勝利した数少ない例である。
源平合戦は西暦1180年から1185年にあった天皇家の子孫で臣下になった源氏と平氏の戦争で、平清盛(たいらのきよもり)の孫の安徳(あんとく)天皇を戦死させて、皇室でなく武士が実権を握るきっかけを作ったものだった。
幕末は黒船来航の西暦1853年から戊辰(ぼしん)戦争の1869年までを指して、武士から皇室に再び政治の実権を返す戦争だった。
太平洋戦争は1941年12月12日から1945年8月15日(終戦記念日)までで第二次世界大戦の局面の一つを指して、皇室の政治の実権を奪って日本人の軍人230万人と一般人80万人が亡くなって、あまりに悲惨な流血の上に作られた平和である。
「記紀」で正史とされる西暦507年から現在までの歴史は、何度も流血の上に築かれた史実である。

その後の皇室は政治の実権を失って国民の象徴としてメディアによく取り上げられて、日本の平和の象徴と言ってもよく戦後74年が平和だった。
しかし安倍首相は2014年7月1日に集団的自衛権の行使を閣議決定して、安保法案が戦争法案と呼ばれて第二次世界大戦のような過去に戻るのでないかと心配されている。
安倍政権や自民党は安保法案で戦争して敗戦した時、皇室を断絶させる可能性が絶対にないと誰も保障できないことを分からず、戦争だと何でもまかり通って皇室を巻き込まないと言えるのか?
安倍政権や自民党は安保法案の本当の怖さを分からず、僕が起こした革命で証明した今年で建国1935年が後65年したら2千年を迎える天皇家の史実をどう受け止めて、皇室を存続させていくなら安保法案の廃止と政権交代の責任が当たり前である。
福知山市出身で日本国憲法作成の委員長だった芦田均首相の遺志を受け継いで、同じ福知山市出身の僕が現在の政治だけでなく、人類規模での大革命を起こす時が来て、世界的救世主の本領発揮となるのかもしれない。
世界中の人々が平和を求める時、僕はアインシュタイン博士の後継者的存在として核兵器廃絶や戦争放棄の先兵として戦って、人々の役に立ってから死んで逝(い)きたい。

<参考文献>
『完訳秀真伝』
鳥居礼・編著者 八幡書店・発行
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
インターネット

戻る