左右される僕


僕の人生や運命は、左右されても結局収まるべき所に収まって、世界中の人間が同じように生きる。
僕の場合は、その左右されるものが大きすぎて、結果とんでもないものになった。
僕は左右されて流されるままに生きたが、それが僕の生きる意味・価値そのものだった。

僕は命を左右されたのは、何度もあって結果的に僕が生かされて、古代天皇家の歴史をひもとく運命を任されていた。
僕は1才半の1982年6月5日に溺死しかけて、あと一分から30秒手当てが遅かったら危なかったらしく、母の心臓マッサージと人工呼吸がなければ死んでいた。
僕は1999年4月9日の午後3時頃に京都市で交通事故にあって、脳挫傷(ざしょう)・くも膜下出血で手術しなくて、頭の打ち所が悪ければ植物人間になっていたかもしれない。
2004年11月18日の最初の自殺未遂と同時のリストカット(自傷行為)は、命に別条がないが周囲に僕が精神障害者…自殺願望の持ち主と知らせた。
2008年1月7日の午前1時頃に2度目の自殺未遂と同時のリストカットは、左手首を7針縫う大惨事で、出血多量で死んでもおかしくなかったが、両親に知らせて病院に行った。
このように僕は、命の危険にさらされても自分で生きようとしたり、周囲の人間が僕を助けたりして、運命が僕を殺さなかった。

僕は一成保育園から修斉小学校そして成和中学校に順番に進学して、義務教育の一環で当たり前に進んだ。
僕は高校受験の時、京都府立工業高校と大江高校を選択して、滑り止めの大江高校に入学した。
僕は大学進学の時、京都経済短大の面接だけを受けて、学力が規定値にあったから学力テストを受けず、大学受験の苦しさを知らない。
このように僕は学校教育で左右されず、多くの学生が味わう受験勉強を大してせず、競争社会の厳しさをあまり感じなかった。

僕は自分の運命を左右する勉強を繰り返して、それが結果的に今の自分につながっている。
僕は保育園年長組で、恐竜のポケット図鑑をもらって、当時の恐竜がティラノサウルスなどのけもの竜やイグアノドンなどの鳥竜が人間と同じような二足歩行で、現在だとジュラシックパークなどの姿の恐竜が正しい姿勢とされるが、これが僕の古代へのあこがれになった。
僕は小学校中学年で天文学などの地学系に興味を持って、高学年の歴史で特に邪馬台国論争に興味を持って、土器集めや考古学の特に邪馬台国論争の新聞記事集めに夢中になって、今の歴史研究の根源である。
小学校高学年か中学校で矛盾を学んで、自分の中の自己矛盾を考えるようになって、僕のコペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)につながった。
中学時代に『神々の指紋』を読んで、超古代文明に興味を持って、今の僕の考え方で根本的なものになった。
高校の修学旅行中に祖父の死に目に会えず、その後悔が命・魂・精神・戦争・平和を考えさせて、僕の宗教観念や死生観や自殺願望などを生み出した。
短大卒業後の半年後に歴史研究を始めて、それが古代天皇家の正史をひもといて、世界中に真実を伝えることになった。
このように僕の勉強は、決して無意味・無価値なものがなく、今につながる明日を信じて進むだけである。

『日本書紀』は、実在した初代の崇神(すじん)天皇即位年が干支(えと)の甲申(きのえさる)の年で、2004年も同じ甲申(きのえさる)の年で、天皇家誕生(建国)1920年目で、11月12日か13日に橿原(かしはら)神宮で「天皇家誕生1920年目」の絵馬を掛けて、18日に古代天皇家の歴史であせって、最初の自殺未遂を起こした。
2度目も3度目も自殺未遂と同時のリストカットは、古代天皇家の歴史に関連して、その因果から逃れられない。
2007年9月に最初の著書を出版して、2009年6月に2冊目の著書を出版して、古代日本史研究を動かそうと頑張ったが無理だった。
2012年12月21日から23日のマヤ文明の滅亡する予言に踊らされて、古代天皇家の歴史と自殺願望に翻弄(ほんろう)された。
2014年7月1日に集団的自衛権の行使の閣議決定が発表されて、皇室の危機の可能性を考えて、8月にホームページを開設した。
2016年のポール・ソロモンの予言に翻弄された僕は、その頃から頻繁(ひんぱん)に古代天皇家の歴史の公表に躍起(やっき)になりだした。
それから聖徳太子の予言のクハンダやイエス・キリストの再来が僕で、アインシュタイン博士の予言(正しくはローレンツ・フォン・シュタインの予言)が皇室で、僕が世界的救世主で皇室が世界的盟主と考え出して、より古代天皇家の歴史の公表にこだわるようになった。
2019年の上皇の生前退位と今上(きんじょう)天皇(今の天皇陛下)の即位や百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録や韓国との外交問題などは僕を精神的に不安定にさせて、僕は世間の動向や世界中の情報などに惑わされて不安定になる。
僕はこのように古代天皇家にしばられて、不安定な精神をごまかしながら、必死に頑張って生き続けてきた。

僕は様々なものに左右されながら、自分で正しい選択をしたつもりでも、間違うことなど幾らもある。
それが人生や運命であって、人間はそれに立ち向かって、生きていかなければならない。

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