神格化された系図
神統譜(しんとうふ;日本神話の神々の戸籍簿)と皇統譜(こうとうふ;皇室の戸籍簿)は、実在した人物を神格化して、僕の求めた系図が間違っていることなど有り得なくて、これから実在した人物をどう神格化したのか述べていく。
父系は父の父…そのまた父とさかのぼるように、父系が男系で、母系なら女系とも言い換えられて、遺伝子なら父系が精子…Y染色体で、母系ならミトコンドリアDNAでさかのぼれて、男系男子天皇と女性天皇・女系天皇などの継承問題に関係する。
僕の求めた神統譜と皇統譜は、最も正確に正しい系図で、ここまでよく似(に)ることが神格化した根拠である。
ミナカヌシ…崇神(すじん)天皇
天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)という神様をまつる主要な神社がない理由は、『ホツマツタエ』や『日本書紀』にその存在感のうすさにあると考えられる。
崇神天皇は歴代天皇最長の68年間の在位期間を誇って、その存在感がうすくて天御中主尊に似ているが、『三国志・魏志倭人伝』の倭国大乱まで建国から70から80年と考えられる記述から、その在位期間が間違いないと考えられる。
イザナギ、5代目タカミムスビ…垂仁(すいにん)天皇
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)は有名な国生みの男神で、黄泉(よみ)の国下り神話が狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱(倭国大乱)を神話化したことでよく分かる。
垂仁天皇は古代中国の後漢王朝と初外交した邪馬台国王(大和国王)だから、始まりの神様として神格化されたと考えられる。
5代目・高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)は『ホツマツタエ』に記される神様で、「高皇産霊」が高貴な者を生み出すという意味があって、尊(とうと)い神様の太陽神・天照大神(あまてらすおおみかみ)と月読尊(つくよみのみこと)の父親で、『ホツマツタエ』に初代から7代目までのタカミムスビが記される。
ツクヨミ、6代目タカミムスビ…景行(けいこう)天皇
月読尊は月の神様(影の存在)という意味だけでなく、月日を読むという意味もあって、景行天皇の在位期間60年間(干支(えと)の一周期)の意味も重要である。
景行天皇は卑弥呼(倭姫命)の男弟(異母弟)で、『ホツマツタエ』の系図を「記紀」で故意に改変して正体を隠して、魏王朝の「親魏倭王」の金印を受け取った本当の邪馬台国王で、倭姫命(アマテラス)の影(ツクヨミ)とされる。
父系(男系)の天照大神(倭姫命を神格化)は、弟の月読尊(景行天皇を神格化)と系図が入れ替わって、見事なからくりである。
6代目・高皇産霊尊は『ホツマツタエ』に記される神様で、「高皇産霊」が高貴な者を生み出すという意味があって、尊い神様の素戔嗚尊(すさのおのみこと)の父親である。
太陽神アマテラス…倭姫命(やまとひめのみこと)
伊弉諾尊の娘で太陽神としての天照大神は倭姫命を神格化していて、『三国志・魏志倭人伝』で卑弥呼(倭姫命)を女王と勘違いしたことを知り、倭姫命を太陽神という光(表舞台)の存在に神格化されたと考えられる。
倭姫命が生涯(しょうがい)独身だったから父系(男系)の天照大神は、直系の皇祖神(皇室の祖先神)でない。
「記紀」は倭姫命を景行天皇の実妹とするが、『ホツマツタエ』が倭姫命を景行天皇の異母姉と伝えて、『三国志・魏志倭人伝』の卑弥呼と男弟の血筋が正しいと証明している。
スサノオ、アメノホヒ…日本武尊(やまとたけのみこと)
素戔嗚尊は伊弉諾尊の息子とされるが、正しく求めると月読尊(景行天皇)の息子である。
伯母(おば)の倭姫命(天照大神)を殺した大罪(太陽神殺し)の意味から直系系図からはずして、逆賊でなく悲劇的英雄として死なせたと考えられる。
日本武尊は成務(せいむ)天皇と同一人物の皇太子で、他書に日本武(やまとたけ)天皇を思わせる名前から本当に天皇になったから記されて、太陽神殺しの意味から皇族に認められなかったから仮の天皇(成務(せいむ)天皇)にしたと考えられる。
天照大神の息子の天穂日命(あめのほひのみこと)とされるが、正しくは月読尊(景行天皇)の息子で天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)の父親で、天穂日命と天忍穂耳尊が「天」と「穂」の漢字が共通する。
アメノオシホミミ…仲哀(ちゅうあい)天皇
天忍穂耳尊は天照大神の子とされるが素戔嗚尊の子が正しく、素戔嗚尊が系図からはずされて天照大神(倭姫命)が生涯独身で系図が続かず、うまく偽装工作しているが僕のコペルニクス展開には通じない。
仲哀天皇が仲(なか)の哀(かな)しいと書く理由は、父の日本武尊と敵対する悲劇からで、在位期間9年間が忍穂耳尊の存在のうすさにつながる。
7代目タカミムスビ、アマツヒコネ…武虎別皇子(たけこわけのみこ)
7代目・高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)は『ホツマツタエ』に記される神様で、「高皇産霊」が高貴な者を生み出すという意味があって、尊い神様の皇祖神・天照大神の父親である。
武虎別皇子は物部(もののべ)氏と阿倍(あべ)氏の血筋で、四道(しどう)将軍の大彦命(おおびこのみこと)に祖先化されてその娘が天皇の妃で、神功皇后が娘に当たるのが日本神話から求めて間違いないと考えられる。
天照大神の息子の天津彦根命(あまつひこねのみこと))とされるが、正しくは月読尊(景行天皇)の息子で孫が天津彦根火瓊瓊杵根尊(あまつひこねほのににぎねのみこと;誉田別尊)と考えられて、「天津彦根」の漢字が共通する。
皇祖神(天皇家の祖先神)アマテラス、タクハタチチヒメ…神功(じんぐう)皇后
皇祖神の天照大神は、天岩戸(あまのいわと)隠れ以後の存在の神功皇后を神格化して、母系(女系)の天照大神として、古代天皇家の直系の血筋をつなぐ大きな意味を持って、邪馬台国論争の台与(とよ)に当たるが摂政(せっしょう;天皇に代わって政治する役職)で決して女王でない。
女性天皇・女系天皇や女性宮家の問題の重要存在で、母系(女系)の天照大神(神功皇后を神格化)を抜(ぬ)きに語(かた)れない。
高皇産霊尊の娘・栲幡千千姫命(たくはたちちひめのみこと)の別名である万幡豊秋津姫命(よろずはたとよあきつひめのみこと)の神名に台与の名残(なごり)がある。
天孫ニニギ…誉田別尊(ほむだわけのみこと)
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は正式名称・天津彦根火瓊瓊杵根尊の神名から天津彦根命(武虎別皇子)の孫と考えられて、火の漢字が含まれることから物部氏の血筋に当たることを証明している。
誉田別尊は即位しない応神(おうじん)天皇で生まれながらの天皇候補の皇太子(胎中(たいちゅう)天皇)で、母・神功皇后(天照大神)から三種の神器を託されて日向(ひうが;宮崎県)に行って、生涯を宮崎県で暮らしたのを神話化されていると考えられる。
コノハナノサクヤヒメ…仲姫(なかひめ)
木花開耶姫(このはなのさくやひめ)は大山祗神(おおやまつみのかみ;五百城入彦皇子(いもきいひこのみこ)を神格化?)の娘(孫娘?)の仲姫とその実姉・高城入姫(たかぎいりひめ)を神格化している。
仲姫は誉田別尊の皇太子妃で仁徳天皇の実母で、高城入姫(木花開耶姫)が火火出見尊の兄・火酢芹命(ほすせりのみこと;大山守皇子(おおやまもりのみこ)を神格化)の母に当たる。
ホホデミ…仁徳(にんとく)天皇
火火出見尊(ほほでみのみこと)は火にまつわる出生を持つか不明で、火の神様の系譜である物部氏の直系子孫を意味する。
海幸彦(うみさちひこ;大山守皇子を神格化)と山幸彦(やまさちひこ;仁徳天皇を神格化)の神話は、皇位継承権争いの大山守皇子の反乱を神話化して、『日本書紀』の記述をしっかり対比すれば求められる。
トヨタマヒメ…磐之姫命(いわのひめのみこと)
豊玉姫(とよたまひめ)は台与(神功皇后)と無関係で仁徳天皇の皇后を神格化していて、塩土老翁(しおつちのおじ;初代・武内宿禰(たけのうちのすくね)を神格化)の孫・海神(わたつみ;(葛城襲津彦(かつらぎのそつひこ)を神格化)の娘が磐之姫命である。
ウガヤフキアエズ…誉田別尊
盧茲草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)は誉田別尊を神格化した神様で、架空の作られた存在だから事跡が少ない。
盧は「盧へん」に鳥の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
茲は「茲へん」に鳥の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
タマヨリヒメ…仲姫
玉依姫(たまよりひめ)は豊玉姫(磐之姫命)の妹とされるから共通の先祖・景行天皇を海神に神格化していると考えられて、仲姫を神格化した架空の存在と考えられる。
神武(じんむ)天皇…仁徳天皇
系図の上で神武天皇は仁徳天皇を神格化していて、事跡で実質の初代・崇神天皇も神格化していると考えられる。
事跡の神武東征は仁徳東征が正しくて、神武天皇自身が確実に創作上の人物である。
ヒメタタライスズヒメ…磐之姫命
媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)は神武天皇の皇后で、6代目・大物主神(おおものぬしのかみ;彦太忍信命(ひこふつおしのまことのみこと)を神格化)の子孫・八重事代主神(やえことしろぬしのかみ;葛城襲津彦を神格化)の娘で、磐之姫命を祖先化した存在である。
<参考文献>
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
『日本の神様読み解き事典』
川口謙二・編著者 柏書房株式会社・発行
『正統『竹内文書』の謎』
竹内睦泰・著者 株式会社学研パブリッシング・発行
インターネットの不明サイトから少々拝借
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