僕の超天才は障害者だからか?
僕は常識・固定観念・先入観・理屈・伝統に捕らわれず、現代哲学理論「現象学」を完全に理解して、アインシュタイン博士以上のコペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)を使えて、影響力と後継者でアインシュタイン博士を上回って、この5つの論理的根拠がアインシュタイン博士以上の超天才の理由で、現代人(僕以外の人間)と決定的に違う理由でもある。
僕は歴史上の超天才の中で、僕を含めて4人をOOPB(オープブ)と呼んで、Out Of Place Brains(場違いな頭脳)の略で、Out Of Place Artifacts(場違いな加工品)の略のOOPARTS(オーパーツ)を真似(まね)た自作の言葉である。
歴史上の超天才で僕以外の3人は、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチと発明王トーマス・エジソンと20世紀最高の天才アルバート・アインシュタイン博士で、僕も含めて全員が障害者である。
ダ・ヴィンチは、鏡文字を書いて発達障害で、エジソンが幼少になぜ火が燃えるのか疑問に思って、火事を起こして、おそらく学習障害で、アインシュタイン博士が言語障害を自覚して、大人になってもスペルを間違って、ネット情報からの僕の想像だが、3人が障害者で間違いなくて、ネット上で彼らがこの障害でないかと想像するが、しょせん現代人が頭の中で、作り上げた存在しない考え方である。
世界中で障害者が凡人(僕以外の人間)より優(すぐ)れた才能を発揮する例は、よく知られる事実で、多くの才能があって、世界中の有名人が障害者と告白して、僕も圧倒的な超天才になれた理由が障害者と否定できない。
世の中には、障害者が導いた歴史が多くあって、僕と同じく社会にまで及ぶコペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)を起こした人物…地動説のコペルニクスとガリレオ、進化論のダーウィン、相対性理論のアインシュタイン博士、それと歴史研究の僕の5人が約500年に5人で、「100年に一度の天才」と僕が定義付けて、コペルニクスが健常者で、ガリレオが発達障害らしく、ダーウィンが読字障害で、アインシュタイン博士と僕も障害者である。
コペルニクス的転回を起こした有名人は、多くが障害者で、その真実を否定できなくて、常に歴史を発展させるのが障害者であることが多くて、僕に精神障害の統合失調症…自殺願望があって、他にも隠れた障害を持つ可能性があって、徹底的に調べる必要があって、複数回の自殺未遂と同時のリストカット(自傷行為)、一回だけの飛び下り自殺未遂など、普段から幾らでも自殺願望が出て、記録にない小さな自殺未遂も含めると、回数不明で分からない。
僕は小学校低学年の鬼ごっこで、学校の犬走(いぬばしり)を走った時、体がそこにあって、心が幽体離脱したか、遠くからテレビ画面を見るような感覚に襲われて、その頃から何かの障害があった可能性が分からなくて、医学的な知識不足が原因である。
僕の超頭脳(超感覚)は、僕がIQ85と全IQ73の診断結果で、2024年3月6日の午後3時頃にネット検索の境界知能を知って、IQ70以上85未満で、知的障害と平均域の間のグレーゾーンで、うまくできなくて、理解度が低いのに当てはまって、何の正しい知識もない低脳が境界知能を勘違いして、ネット上で言葉を使う現状を知った。
僕は確かに境界知能だが、精神障害者でもあって、僕が万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチと発明王エジソンと20世紀最高の天才アインシュタイン博士に並ぶ超天才で、ギリシア神話や日本神話など有名な神話の神様が実在したと歴史上で、初めて証明した人間で、その大偉業を馬鹿にできる人間が存在して、僕よりも優(すぐ)れたことを成し遂げたと公言できるだろうか?
境界知能は、その意味や特徴などを正しく理解しない人間がいて、IQテストなどで診断された境界知能の人物を医者などがどう判断して、区分や支援などをどう整えるべきか、障害者と判断しにくい境界知能の扱いを考える必要があって、正しいことを知る人間が間違った知識の人間を導く義務があって、正しい知識を知らない人にネット上の間違った知識などを教(おし)えて、大切な義務教育である。
僕の身体障害は、2021年10月2日の午後5時24分頃に飛び下り自殺未遂して、福知山市民病院に入院して、骨折した左肩と両手首の手術をして、両手首に金属を埋め込んで、握力が低下した第1理由で、右手の親指が十分に開かないようになって、左肩の骨折も金属を埋め込んで、上限まで肩を上げられるが、上げる角度で肩が痛くなる時があって、飛び下り自殺未遂の手術の後遺症である。
飛び下り自殺未遂して、2021年12月21日に僕は、転院したもみじヶ丘病院を退院して、毎日ノートパソコンの右手のマウスを長時間操作して、右手に負担がかかって、握力が低下した第2理由である。
僕は寝る時に横向きが多くて、よく両手首を抱(かか)えるようにして、両手首を圧迫して負担がかかって、握力が低下した第3理由で、以上3つの理由で握力が低下して、自転車の運転が不可能と判断して、僕がずっとタクシーに乗る根本的な理由である。
以上3つの理由で低下した握力は、片手でペットボトル1.5リットル6本9キログラムを長時間持てなくて、両手でも長時間の維持が困難で、握力が低下して福知山市街まで自転車を乗らない理由になって、飛び下り自殺未遂の手術の後遺症が思った以上に多くあって、自分で把握した症状がこれだけあって、おそらく身体障害者と認定されないだろう。
僕は1999年4月9日の午後3時頃に交通事故にあって、脳挫傷(ざしょう)・クモ膜下出血で入院して、脳の打った部分が味覚と嗅覚をつかさどって、味覚障害が唐辛子くらいしか分からず、ケーキを食べても甘さを感じなくて、嗅覚障害がチキンラーメンの丼に鼻を近づけてようやく感じて、1999年7月頃から約半年間を京都大学医学部附属病院に通院して改善したが、2つの感覚が少し他人より劣(おと)る。
後に僕は、交通事故による高次脳機能障害の可能性を疑って、あくまで自分の私見だが、高次脳機能障害を学習障害か発達障害の可能性と勘違いして、疑ってかかったかもしれず、僕の超頭脳が隠れた障害で、圧倒的に急成長して、歴史研究で成功したと考えられて、自分が不安になるほど凄(すさ)まじい才能で恐怖した。
発達障害と学習障害は、本人の個性や親のしつけが悪いなどと勘違いして、自分の障害に気付かないことが多くて、学習障害が発達障害の中に含まれて、学習障害と発達障害の合併症もあって、僕が歴史研究の超頭脳を説明するために隠れた障害があって、高次脳機能障害や学習障害や発達障害にすがるが、自分の超頭脳(超感覚)に不安や恐怖心を感じるレベルである。
僕の不安や恐怖心は、歴史研究の超頭脳(超感覚)が凡人(僕以外の人間)に感じられなくて、どのような物か想像できないが、とにかく凄(すさ)まじすぎる感覚の認識が恐くて、誰にも相談できない僕だけの思いである。
僕は幼少からコミュニケーションの障害、対人関係や社会性の障害、パターン化した行動、興味や関心のこだわりなどがあって、超越した圧倒的な考え方と頭脳スピードの急成長を自覚して、計算が苦手で、僕が話す時に小声でよく聞こえなったり、独り言を大声で言うクセがあったり、高校生の登校中に自転車に乗りながら自作の歌を大声で歌ったり、大声や小声を意識せずに声を出したつもりでも聞こえず、声のボリューム調整ができなくて、何かの障害か分からない。
2018年4月30日の朝ドラ後の発達障害のテレビを少し見て、自分が学習障害の可能性に気付いて、特徴が文字を書くこと、計算をすること、運動をすることなどに現れる。僕はちょくちょく漢字を頭で考えた時、漢字の部首や大部分を忘れて、辞書やパソコン入力で思い出すが、そもそも漢字が間違いでないか疑って、疑問視することが多くて、昔から漢字の書き間違いが少なくて、言語障害がないと思う。
僕は小学生頃から計算が苦手で、よく算数のテストで裏表(うらおもて)0点を取って、高校生の時に簿記で十数点を取って、再々試という形で、何度もテストを受け直して、留年を免(まぬが)れて、大人になっても計算が苦手で、コンビニのレジなどで硬貨を投入して、金額が合致しないことが多い。
僕は幼い頃から運動が苦手で、小学生で運動嫌いだと思ったが、小学校中学年で急に太り出して、短大卒業後に車が運転できるようになって、コンビニ食を頻繁(ひんぱん)に買って食べて、20キログラム以上太って運動できずに、やせないのが障害者か食べすぎか分からない。
元々の主治医の菅間先生は、僕が24才の誕生日の10日前である2004年11月18日にもみじヶ丘病院に初入院してからの付き合いで、2024年6月頃まで主治医で、その後に宇野先生が主治医に代わって、たぶん1年半ほどの付き合いである。
2025年8月9日から10月16日の2ヶ月以上で僕は、歴史研究の驚異的(きょういてき)な修正をして、10月16日の午後0時36分に僕のホームページの史料を更新して、2ヶ月間以上の数々の大発見をホームページの『僕の閃(ひらめ)きのスピード』に記して、僕の超頭脳の理由が2025年10月頃の宇野先生の診断で、知的障害(発達障害や発達障害など)でなく、短大入学9日目の交通事故による高次脳機能障害の可能性を指摘されたが、検査してないために分からない。
僕の人生の転機は、短大入学9日目の交通事故で、1999年4月9日の午後3時頃に脳挫傷(ざしょう)・クモ膜下出血になって、高次脳機能障害の可能性があって、頭を打ったことで、僕の考え方が圧倒的に進化した可能性があって、僕の歴史研究の開始が約3年半後の2002年10月頃で、前後関係を考えると正しいと考えられて、世界中に高次脳機能障害の天才の実例が多くあって、いつか分からないが、前の主治医の菅間先生にADHD(注意力欠如・多動性症候群)でないと診断されて、知的障害の可能性が一つ消えた。
天才の机(つくえ)は、いつも散(ち)らかって、資料や本が山積(やまづ)みで、秩序(ちつじょ)がないように見えて、規則性があって、閃(ひらめ)き(インスピレーション)を生み出す環境で、片付けられない僕も天才の特徴だが、なぜ片付かないのが天才の特徴なのか、科学的に解明できず、僕が小中学生頃の学習机(づくえ)が綺麗で、ほとんど使わなかったため比較できず、短大生時代からゴミを散(ち)らかして、高次脳機能障害の特徴の一つで、当てはまるか分からない。
僕は整理整頓(せいとん)が苦手で、生まれてから高校生まで自宅で暮らして、家族と一緒で問題なかったが、短大入学後から学生寮で、部屋のゴミを少し片付けられず、ポリ袋で片付けられたが、卒業して自宅の離れの2階を自室にして、床にゴミをためることが多くて、ゴミの片付けが苦手で、高次脳機能障害の可能性がある。
ゴミを散(ち)らかして片付けられない天才は、アインシュタイン博士やMicrosoft創業者のビル・ゲイツや小説家の芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)やスタジオジブリ映画の宮崎駿(みやざきはやお)監督やアニメ『ワンピース』の作者の尾田栄一郎(おだえいいちろう)などで、他にも大統領や起業家や科学者や画家など、色々な分野の人物がいて、現状維持に興味がなくて、散(ち)らかった状態から「閃(ひらめ)き(インスピレーション)」を得て、勇敢で自発的な人になると言う3つの特徴があって、科学的にクリエイティブ(創造的;独創的)な人物と考えられる。
僕はクリエイティブ(創造的;独創的)と考えられて、僕の歴史研究の超知識があまりに独創的で、専門家(考古学者と歴史学者)が絶対に思いつかない考え方で、時代の最先端を超越した一大理論で、僕が神学者や哲学者や歴史家を自称して、物理学だけ知られるアインシュタイン博士と違って、複数の分野で奥深い研究・分析をして、自分が先進的な考え方の持ち主と自己評価が高くて、うぬぼれるほど僕の才能が多才である。
国内の障害者問題は、障害者権利条約が障害者の人権や尊厳や権利を守るために作られて、2006年12月13日に国連総会で採択して、2008年5月3日に採択して、2007年9月28日に日本が条約に署名して、2014年2月19日に条約を発効したが、今年に国連の介入を許した。
2022年8月22日から23日に国連の審査は、日本の障害者や家族や支援者らが約100人でスイスまで行って説明して、9月9日に国連が日本国政府に障害児を分離した特別支援教育の中止の要請、精神科の強制入院を可能にする法律の廃止などを求めて、強制でなく求めただけだが、今後の日本国内の障害者支援を改善させるだろう。
僕は幼少から特別支援教育が当然で、健常者と障害児を分離した教育制度に疑問を持たず、集団心理に常識と植え付けて、分離を正当化した政府の都合で、国内の障害者支援の諸問題をやりすごした結果だが、国連の手が入って、大きく変わる「きっかけ」で、特別支援教育が発達障害などの教育に役立って、決して国連の要請が正しいと言えなくて、一長一短の部分があって、簡単に中止にできるか分からない。
しかし日本の特別支援教育は、発達障害などを見つけて、ちゃんとした支援教育の方法などを示して、決して国連の要請が正しくなくて、一方的な意見を押し付けたのも事実で、一長一短を正しく分析して、日本国政府の判断が必要である。
障害者は、社会的弱者でなく、歴史上の天才が数多くいて、僕のような圧倒的な強者の障害者も存在して、今後の世界中の障害者の評価と日本国内の対応がどう変わるか、国連や日本国政府の指導力が問われる。僕の著作権の使い方は、障害者支援の遺言(ゆいごん)を残して託したが、後世に役立ってほしい。
日本の障害者支援は、国連の勧告が示されて、支援の不十分な問題が山積みで、僕自身も自殺願望・・・精神障害の持ち主として、正しく医師が認識したか疑問で、僕のホームページや本などで公表しても、家族や医師やデイケアの職員なども見る気があるか疑問で、僕の必死な訴えを軽んじていると考えて、その程度の認識だろう。
日本国内の障害者の理解は、特別支援教育の特性と必要性など、問題点が散見して、僕が一障害者としてどこまで関われるか不明だが、協力して世間の認識を改めさせて、日本や世界中の障害者に希望を与えたいと思う。
障害の治療は、その障害の能力を消失する可能性があるなら、必ずしも治療することが有効でなく、むしろ有益な能力を失わせて、治療が良いか悪いかの判断を障害者本人や家族や医者などと検討して、判断すべき課題と言える。
障害者は、古代から現代まで時代ごとに良くも悪くも扱(あつか)われて、悲劇などを繰り返した残酷な歴史があって、障害者に対する理解や偏見なども多くて、僕の障害の公表で、後世の障害者の希望として、少しでも役立つことを願って、2026年1月1日(元日;がんじつ)の午後8時10分頃に修正した。
<参考文献>
インターネットの不明サイトから少々拝借
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