注意書き


『ホツマツタエ』と『日本書紀』に記される天皇の年代は旧暦で、旧暦(太陰暦)の元旦が太陽暦(西暦)の2月11日つまり建国記念日になり、一応の初代天皇とされる神武(じんむ)天皇元年1月1日が紀元前660年2月11日(西暦年月日に直すとこの日らしいが正しいか不明)という計算で、西暦に直すと約40日繰り下がる。
継体(けいたい)天皇元年2月4日(西暦507年3月5日;西暦年月日に直すとこの日らしいが正しいか不明)で約一ヶ月ずれることから、僕の求めた西暦年月が継体天皇即位日を基準に記して、各天皇の年代が西暦の年月頃と約1ヶ月ずれる。

日本武尊は現在「やまとたけるのみこと」と発音するが、江戸時代以前の「記紀」の写本が全て「やまとたけのみこと」と書いて、「やまとたけるのみこと」が間違っている。
古代から日本武尊を祭った熱田(あつた)神宮でさえパンフレットに「やまとたけるのみこと」と書いて間違っている。
明治時代に『校訂古事記』でなぜか「やまとたけるのみこと」と書いて、それを『日本古典文学大系』(発行・岩波書店)で採用して間違いを広めたという事実がある。
僕はこのホームページで日本武尊を全て「やまとたけのみこと」と表記する。
武虎別皇子(たけこわけのみこ)は『日本書紀』の武国凝別皇子(たけくにこりわけのみこ)に当たって、『ホツマツタエ』に景行天皇の子のタケコワケとクニコリワケがいて混同したと考えられて、僕自身が区別のためにふさわしい漢字を当てはめて武虎別皇子とした。
祖別命(みおやわけのみこと)は現在「おおじわけのみこと」とも発音するが、『ホツマツタエ』に「ミヲヤワケ」と記されて、僕が祖別命を正しい「みおやわけのみこと」と記す。
僕は武内宿禰(たけのうちのすくね)と書くが『日本書紀』の訳本で付いたクセで、『ホツマツタエ』に基づくと「たけうちのすくね」が正しくて、僕のクセが他にも多くの所で見受けられる。
僕は自分で判断した『日本書紀』の発音を中心とするが、『ホツマツタエ』の表記が正しいならそれに従う部分もある。
古代日本史の登場人物の読み方は『ホツマツタエ』の基づくのが良いのだが、『ホツマツタエ』でなく「記紀」を基本とする僕の表記で通す。

即位年干支法(そくいねんかんしほう)は60年間を足し算や引き算できて、逆に倭の五王時代の僕の解釈が仁徳(にんとく)天皇の在位期間が60年以上だから60年間を引き算する必要が出たりして、邪馬台国時代や倭の五王時代の解釈が60年間ずれる可能性があって、必ずしも僕の解釈が完璧と言えないこともある。

「記紀」の系図は正しいものと間違ったものが混在して、他の歴史書も系図などが正しいものと間違ったものが混在して、過去の歴史書でも系図が混乱するが、『ホツマツタエ』の系図が最も正しいので自分なりに修正するが、間違いを見つけたら『ホツマツタエ』を参考にしてもらいたい。
日本神話や古代天皇家などの系図は、男女の性別を意識するかしないか分からないが、男女問わず性別を変更して混乱させていると考えられる。

注意書きは少しでも忘れずに頭の中に置いて、思い出しながらでも読んでくれればありがたい。

<参考文献>
『ホツマ物語』
鳥居礼・著者 株式会社新泉社・発行
『完訳秀真伝』
鳥居礼・編著者 八幡書店・発行
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
宇治谷孟・著者 株式会社講談社・発行
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