倭の五王


これは出版していない3冊目以降の本の著作権を含む。

倭の五王の定説は間違いだらけで現代日本人の頭脳レベルの限界で、アインシュタイン博士以上の天才の僕の自論と比べたら勝負にもならない。
現代日本人は「記紀」で固定観念・先入観に捕らわれて、考古学的証拠も歴代天皇時代の遺物という固定観念・先入観に捕らわれて考える。
だから本当の倭の五王が誰なのかも分からず、それ以前に邪馬台国時代の固定観念・先入観に捕らわれたことを考えないとひもとけない。
邪馬台国時代の固定観念・先入観というのは多くの現代日本人が卑弥呼と台与(とよ)を女王と思い込んで、邪馬台国と女王国を同一国と思い込んだりしていることである。
『日本書紀』に基づくと、箸墓(はしはか)古墳の埋葬者と記される倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)を卑弥呼で、卑弥呼の男弟を崇神(すじん)天皇で西暦250年頃の人物で、逆賊の男王を武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと)という固定観念・先入観に捕らわれる。
そうすると日本武尊(やまとたけのみこと)が4世紀前半の人物で、神功(じんぐう)皇后が4世紀後半の人物という固定観念・先入観に捕らわれる。
この人物たちは邪馬台国時代からその後の時代の人物という根拠が一切ないことを現代日本人が証明できるはずがない。
僕が求めた正しい倭の五王と歴代天皇の系図を下記に示す。

『宋書』によると倭王「讃(さん)」の弟が倭王「珍(ちん)」で、倭王「済(せい)」の系譜が分からなくて、倭王「興(こう)」の弟が倭王「武(ぶ)」とされている。
倭の五王の定説は応神(おうじん)天皇から雄略(ゆうりゃく)天皇の中に5人の倭王がいると思い込まされるのである。
ここで応神天皇から雄略天皇までが倭の五王とされる根拠を見ていこうと思う。
倭王「讃」が仁徳(にんとく)天皇の国風諡号(しごう)の大鷦鷯尊(おおさざきのみこと)か履中(りちゅう)天皇の国風諡号の去来穂別尊(いざほわけのみこと)という読み方に当てはめて、大鷦鷯尊の「さ」か去来穂別尊の「ざ」に当てはめている。
倭王「珍」が反正(はんぜい)天皇の国風諡号の瑞歯別尊(みずはわけのみこと)と対比して、「珍」と「瑞」が同じ部首であることを根拠としている。
倭王「済」が允恭(いんぎょう)天皇の国風諡号の雄朝津間稚子宿禰尊(おあさづまわくごすくねのみこと)と対比して、「済」と「津」が同じ部首であることを根拠としている。
倭王「興」が安康(あんこう)天皇の国風諡号の穴穂尊(あなほのみこと)と対比して、「興」と「穂」の音読み「すい」と発音の対比をしている。
倭王「武」が雄略天皇の国風諡号の大泊瀬幼武尊(おおはつせわかたけるのみこと)と対比して、同じ漢字「武」を使っていることを根拠としている。

稲荷山古墳出土の鉄剣に文字が刻まれていて、「辛亥(かのとい)年(おそらく西暦471年)」と「加多支鹵(わくかたしる)大王」と記されていて、雄略天皇の在位期間がこの年に当たるとされて、雄略天皇の和風諡号の幼武(わかたける)に当てるのに賛同するが、それも固定観念・先入観で鉄剣に文字を刻ませた人間が雄略天皇に仕えていただけで、雄略天皇の在位期間と文字が刻まれた年代が一致するという思い込みにすぎない。
は「獣へん」に「草かんむり」がなくて隻の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
この程度の考え方もできないのが現代日本人で、それで学者だというのだからあきれるしかない。

名前の発音を根拠にするなら名前の一番初めの文字を使うのが普通だと考えられて、まして倭王名は古代中国語読みだから現代日本語読みと当てはめること自体間違っている。
同じ部首を根拠にするなら古代中国の王朝に親書の紙で伝えているはずで、そのままの漢字で記されるはずだからこの解釈も間違っている。
同じ漢字を根拠にするなら倭王「武」が古代中国語読みで、雄略天皇の和風諡号の「武(たける)」が現代日本語読みで古代中国人が発音を理解できたと考えられない。
倭の五王の定説はこのように何の根拠もないただの架空の推論で、現代日本人レベルの頭脳があまりに低能すぎる。

倭王名と安康天皇から武烈(ぶれつ)天皇までの頭文字を現代中国語読みして、『宋書』の古代中国語読みに近いものを想定すると以下のように当てはめられる。
倭王「讃」が安康天皇で、倭王「珍」が雄略天皇で、倭王「済」が清寧(せいねい)天皇で、倭王「興」が顕宗(けんそう)天皇で、倭王「武」が武烈天皇と考えられて、定説よりはるかにましな理論となっている。
応神天皇と仁徳天皇と履中天皇と反正天皇と允恭天皇の頭文字を現代中国語発音で対比しても滅茶苦茶になるから、本当の倭の五王が安康天皇から武烈天皇に当てはまるのが確かだろう。
問題点としては、倭の五王時代…5世紀に天皇の漢風諡号が存在したかという点であるが、古代中国の王朝との外交強化のために用いていた可能性も考えられるから、大した問題でないかもしれない。

現代日本人レベルの認識力は対比しても定説のようなみじめなもので、アインシュタイン博士以上の天才の僕が持つ認識力に勝てるわけもなくて、論理的根拠が貧弱すぎて勝負にもならない。
現代日本人は常識・固定観念・先入観・理屈・伝統に捕らわれて、現代哲学理論「現象学」を全く理解できなくて、コペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)を使えなくて、これらの条件をクリアした超天才の僕と比較すること自体がどうかしている。
僕の自論は完全な論理的根拠に基づくものでないが、現代日本人の定説に比べたらはるかに真面目で、『日本書紀』の西暦330年以降の記述を完全解釈していて正しいはずである。
古代天皇家の歴史という分野においてだけでもアインシュタイン博士以上の天才である僕とまともに勝負できる人間などこの世のどこにもいなくて、僕だけが古代日本史の第一人者でクロウトを超えた超人的なシロウトの僕は神様のような存在なのである。
アインシュタイン博士もある意味で神様のようにあがめられたのかもしれないが僕もまた同じである。
古代日本史に革命をもたらすのは、僕に与えられた運命で天命なのである。

<参考文献>
インターネット

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