当たり前(常識)だと思うことを疑う
現代哲学者エドムント・フッサールは、「現象学」で当たり前だと思うことを疑(うたが)うと考えて、当たり前が普通のことで変わった所がないことで、常識をその中に含めて間違いなくて、常識が非常識にそして再び常識に変わること…コペルニクス的転回があることも重要で、地動説や進化論や相対性理論がそのように変化した。
僕ら人間は、普段から常識(当たり前)を根本的に疑(うたが)わなくて、超天才の僕が幼少の人生経験で、自分の考え方を根本的に疑(うたが)うように変化して、超頭脳(超感覚)を生み出して、歴史研究の超理論を作った現実を凡人(僕以外の人間)が知って、大きな変革を起こすだろう。
歴史と言う学問は、過去の先人らが積み上げた英知の結晶と言うべきで、常識(当たり前)が専門家(考古学会と歴史学会)や国民が間違うこともあって、邪馬台国(やまたいこく)論争が畿内説か九州説か他の説か、ずっと議論されて結論が出ず、誰かが正そうと立ち上がらなければ決して変わらなくて、超天才の僕が決着した神技(かみわざ)の中の神技(かみわざ)が凄(すさ)まじすぎる。
学問の歴史は、岩宿(いわじゅく)遺跡の発見で、旧石器時代を認めたこと、登呂(とろ)遺跡の発見で、弥生時代に稲作が始まったと認めたこと、2000年の旧石器捏造(ねつぞう)事件で、考古学会の信頼を失墜させたことなど、良くも悪くも歴史認識を一変させて、変革をもたらした出来事があると忘れてはならない。
邪馬台国(やまたいこく)論争は、畿内説の纏向(まきむく)遺跡と九州説の吉野ヶ里(よしのがり)遺跡などが対立して、大した発見でなくても大騒ぎして、発掘の予算を獲得するためにメディアに大きく取り上げさせたりして、考古学者やメディアなどの思いが合致して、金銭的な理由などで結び付いて、国民に畿内説と九州説のどちらを支持するか、熱狂させる構図ができ上がる。
邪馬台国(やまたいこく)論争は、『三国志・魏志倭人伝』で鏃(やじり)に鉄を使ったと記して、北九州の鉄を指すと考えられて、纏向(まきむく)遺跡から鉄がほとんど出土せず、王都の邪馬台国(やまたいこく)でない説があるが、古代天皇家が近畿地方と山陰地方を統治して、淡路島と京都府と鳥取県と島根県などで、鉄が大量出土することで説明できて、シロウト認識の凡人(僕以外の人間)が超天才の僕に認識力で勝てない。
どんな学問でも常識(当たり前)は、根本的に疑(うたが)う日常を忘れて、凡人(僕以外の人間)が日常的に普通を受け入れて変化せず、超天才の僕が常に自分自身や考古学の考え方を根本的に疑(うたが)って、進化し続ける日常の変化に敏感(びんかん)で、その凡人(僕以外の人間)と僕の考え方の違いが「きっかけ」で、日本の異常な歴史認識を正すことになった。
よく日本人は、どこから来たかと言って、ホモ・サピエンスのアフリカ起源説で、日本人がアフリカから来たり、中国から弥生人が来たと言うが、最初から文化を持って来たのでなく、日本に暮らした人々が世界最古の磨製(ませい)石器や土器を作って、日本に暮らす人々が日本人の文化を一から作って、アフリカ人やインド人や中国人などが日本に来て、日本人になったわけでない。
物事の言い方は、難しくて勘違いしやすいが、根本的な部分を正しく把握して、日本の考古学会が何度も、転機を経験して、発展と衰退を繰り返した事実を忘れて、現在の邪馬台国(やまたいこく)論争の畿内説と九州説にかまけて、物事を見ない人々と同様で、日本国政府の政治も、日常で何度も不祥事を繰り返して、日常で忘れて、また不祥事を繰り返して、忘れることが人間の本能なのだろう。
命・魂・精神・戦争・平和などの分野は、正しい歴史認識が必要で、一緒に暮らした祖父の死に目に会えなかった僕が後悔して、自分に絶望した人ほど良く分かる思いで、今の日本国と反日国の歴史認識の対立にも言えて、決して曖昧(あいまい)に流さず、正しい対応を望みながら、何もできない人々を作らないことが大切である。
戦後80年は、天皇陛下や皇族だけでなく、日本の国民たちが世界中に謝罪して、中国や韓国がずっと謝罪と賠償を求めて、正しい歴史認識を曖昧(あいまい)に流して、韓国の賠償問題の決着などをしっかり教えないで、なあなあで流した結果が今の国際問題で、いい加減に北朝鮮の拉致(らち)被害者問題なども、日本国政府が真面目にする必要がある。
僕の歴史認識は、現代日本の歴史そのものにも及(およ)んで、あまりにも大きく変革して、僕のあずかり知らない所で、色々と世の中が動いて、目に見える人々の思いだけでも、答えて生きて行きたいと思う。
僕は良くも悪くも自分を疑(うたが)って、超天才や超頭脳などと自画自賛するが、自分の弱さや醜(みにく)い部分も含めて、自己矛盾(むじゅん)や葛藤(かっとう)や自殺未遂などを繰り返して、自分の歴史研究の成果や自分の考え方など、自分自身の根本的な部分を分析・研究し続けて、俯瞰(ふかん;深い視野で物事を見ること)して、自分を考える癖(くせ)がついて、誰も理解できない聖域を作った。
僕は小学校高学年で歴史に興味を持った時の判断力や認識力などが低くて、2002年10月頃の歴史研究を始めた時の判断力や認識力なども低くて、2025年7月現在の歴史研究の判断力や認識力などが全く勝負にならないほどレベルアップして、僕自分の判断力や認識力などを当時と比較して、圧倒的に成長したことを実感できることを強く認識した。
英雄(武勇や才知などがすぐれて、普通の人に出来ないような事柄を成し遂げる人)の僕は、最初から特別でなくて、幼少からの人生経験などで特別になって、歴史研究を始めてからも、特別な考え方の状況を自己分析して、他人にどうすれば良い考え方を持てるか、教える教本を作って、僕の大偉業が後世に残るだろう。
<参考文献>
『古代日本史への挑戦』
著者・僕 発行・株式会社オカムラ
『続・私の半生と古代日本史』
著者・僕 発行・株式会社オカムラ
『この一冊で「哲学」がわかる!』
著者・白取春彦 発行・株式会社三笠書房
インターネットの不明サイトから少々拝借
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