凡人(僕以外の人間)が理解すべき前提条件
認識力の欠如
国会議員の認識力の欠如は、僕がまとめた「日本国政府に思うこと」の章が実例で、政府だけでなく、国民レベルでの認識力の欠如があって、あまりに深刻で実態を把握する必要がある。
立憲民主党の神奈川県連所属の女性議員は、同じ県連の男性議員からマタハラやパワハラなどの深刻なハラスメントや差別的な表現や暴言や恫喝(どうかつ)のような行為などで告発して、神奈川県連の3分の1が女性議員で、他県より多くて、神奈川県連で男性議員の男女差別の認識力が欠如して、政治が男性議員の聖域と勘違いする馬鹿の巣窟(そうくつ)である。
大人の性犯罪は、暴行した側が「ただの悪ふざけ」と軽んじて考えて、全く反省しないことが多く、暴行が非日常と思い込んで、自分たちが凶悪なレイプ犯と一緒でないと信じて、将来があって同情で減刑するが、これが現状の実態で、氷山の一角で厳罰化が必要で、認識力の欠如が大問題である。
NHKの『性暴力を考える』で被害女性のそよかさん(仮名)は、語られた言葉が重要で、加害者にしっかりした犯罪意識の認識力を持たせて、裁判が当たり前で、圧倒的な重罪になるのが当然と社会に知らしめるべきだと思う。
ここまで記した認識力の欠如は、あまりに簡単に指摘して、日本社会の全体からすると、ごく一部の軽い問題と捕えてはならず、十分に正しく認識すべきである。
現代人(僕以外の人間)の歴史研究は、「記紀」の登場人物の記述をそのまま信じて、神武(じんむ)天皇や崇神(すじん)天皇や仁徳(にんとく)天皇などを聖帝で、雄略(ゆうりゃく)天皇や武烈(ぶれつ)天皇などを悪逆非道と考えて、認識力の欠如がひどい勘違いを生んだ。
正しい歴史を再現した僕は、神武(じんむ)天皇が実在系譜の崇神(すじん)天皇や仁徳(にんとく)天皇の2人から作って、崇神(すじん)天皇が実在の初代天皇で、雄略(ゆうりゃく)天皇や武烈(ぶれつ)天皇を悪者にして、歴史を改竄(かいざん)した可能性が高いと求めて、真実を作り替えたのが正しい答えである。
日本武尊(やまとたけのみこと)は、皇太子と天皇で、父の妾(めかけ)と不倫して、自分の正妻にして、伯母(おば)の卑弥呼(ひみこ)の倭姫命(やまとひめのみこと)を殺害して、禁忌の太陽神殺しで、出雲王国(物部(もののべ)氏)を崩壊させた逆賊で、「記紀」が清廉潔白な悲劇的英雄に改竄(かいざん)して、真実は小説よりも奇なりである。
認識力の欠如は、簡単に許されない物で、政治家も国民も僕も誰もが正しく認識して、常に正していく常識と考えるべきである。
偽装工作と史実(歴史上の事実)の三重構造
古代日本史研究…日本神話と邪馬台国(やまとこく;大和国)論争と倭(わ)の五王の前提条件は、「記紀」などの歴史書に偽装工作をほどこしたことで、人類史上僕だけが求められる能力が特別で、これを根本的に理解して、現代人(僕以外の人間)が教えるしか方法がなく、僕が現代人(僕以外の人間)を何段階も上回る根本理由である。
歴史書の偽装工作は、系図の神格化・祖先化・子孫化、即位年干支法(そくいねんかんしほう)、末名「尊(みこと)」と「命(みこと)」の違い、年代・内容の変更・改変の4つで、これを求めたのが僕だけで、「記紀」を始めとする歴史書に自然と配置した罠(わな)で、その解除方法を僕が示したが、凡人(僕以外の人間)がマネできない。
歴史書の偽装工作は、歴史上で僕だけが求められた偉大な考え方で、現代人(僕以外の人間)に一生求められない考え方で、この超感覚を教えることが不可能で、僕が23年以上の歴史研究で、一から作り上げた英知の結晶である。
僕の示した前提条件は、日本神話の神々の領域…神域を求められて、実在の人物を神格化・祖先化・子孫化して、日本神話が史実(歴史上の事実)を神話化して、史実(歴史上の事実)を祖先化・子孫化して、架空の作られた過去と未来の物語を作り出して、史実(歴史上の事実)の神話化・祖先化・子孫化の三重構造を作って、偽装工作の大混乱をもたらした。
史実(歴史上の事実)の三重構造は、日本神話と過去と未来の物語を理解して、共通性をひもといて元々の実話(実際の事実)を再現して、それを現代人(僕以外の人間)に教える僕の本を作り上げて、どれほどの偉業か想像できないだろう。
専門家(考古学界と歴史学界)は、一流や大学教授などと呼ばれるが、僕からすると現代人(僕以外の人間)のただのドシロウトで、知識を聞きかじっただけの世間知らずで、偽装工作にも気付かなくて、絶対に勝てない神レベルの僕の存在がある。
神レベルの僕の能力は、現代人(僕以外の人間)に一つも不可能な条件を僕が何千も何万以上の条件をクリアして、圧倒的な完全解釈を生み出す超感覚を身に付けたと考えられて、その不思議な実力が言葉で表現できず、しかし言葉で表現するしかなく、矛盾した僕以外にたどり着けない聖域である。
神話化と神格化・祖先化・子孫化
神話化と神格化・祖先化・子孫化は、古代中国の歴史書『後漢書』や『三国志・魏志倭人伝』、国内の歴史書『ホツマツタエ』や「記紀」などとの関係性があって、これを僕が完全にひもといて指摘して、僕の本を教本として後世に残すため、地道な論理研究の試行錯誤である。
僕の本の指摘は、自分自身で気付かずに見逃した物もあるはずで、後世の人間がその指摘を重視して、僕の教えた超知識の見逃しを補佐してほしい。
日本武尊(やまとたけのみこと)は、天皇と皇太子の立場を異母兄弟の成務(せいむ)天皇で、弟橘姫(おとたちばなひめ)との不倫を同母兄弟の大碓命(おおうすのみこと)や神格化した素戔嗚尊(すさのおのみこと)などに押し付けて、逆賊を祖先化した武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと)などになすり付けて、汚(けが)れのない清廉潔白の人物の仮面を作り上げた。
しかし真実を再現した僕は、23年以上の歴史研究の成果を表して、本当と 嘘を見抜いて、作られた人物の虚像と本性を再現して、「記紀」が隠した最悪の人物が天下の大罪人の日本武尊(やまとたけのみこと)で、本当の事実を公表した。このように『ホツマツタエ』や「記紀」などの歴史書は、歴代天皇時代に本当と嘘を記して、それを見抜いて正史(正しい歴史)を再現できるのが唯一完全解釈した僕だけで、同等の芸当ができる人物が後世に出現する可能性が低い。
『三国志・魏志倭人伝』で、男王(だんおう)が立って、卑弥呼(ひみこ)を殺した。男王(だんおう;日本武尊(やまとたけのみこと)が強行即位して、皇族に認められない日本武尊(やまとたけ)天皇になって、卑弥呼(ひみこ;倭姫命:やまとひめのみこと)を殺した。
日本神話で、素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)は暴(あば)れて、天照大神(あまてらすおおみかみ;倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)を傷つけて、怒って天岩戸(あまのいわと)に閉じこもった。
祖先化した物語で、武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を祖先化)の皇位継承権争いは、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと;倭姫命(やまとひめのみこと)を祖先化)が亡くなって葬礼された。
倭姫命(やまとひめのみこと)は、皇位継承権争い(戦争)で甥(おい)の日本武尊(やまとたけのみこと)に殺されて、先例の神格化・祖先化に共通して、古代の日中の歴史書にも共通性があって、僕だけが史実・真実・事実を証明できる。
『ホツマツタエ』の素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)は、妻の小益姫早子(こますひめはやこ;弟橘姫(おとたちばなひめ)を神格化)と不倫して子供がいなくて、八岐大蛇(やまたのおろち)が小益姫早子(こますひめはやこ)の怨念(おんねん)である。
素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)は、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治して、妻の奇稲田姫(くしいなだひめ;弟橘姫(おとたちばなひめ)を神格化)と結婚して、息子の大国主神(おおくにぬしのかみ;日本武尊(やまとたけのみこと)の婿(むこ)養子の飯入根(いいいりね)を神格化)を生んだ。
『ホツマツタエ』の胡久美(こくみ;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)は、椋子姫(くらこひめ;弟橘姫(おとたちばなひめ)を神格化)を犯(おか)して、結果的に出雲の国譲り神話につながった。
武埴安彦命(たけはにやすひこのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を祖先化)の皇位継承権争いは、妃の吾田媛(あたひめ;弟橘姫(おとたちばなひめ)を祖先化)が大坂で戦死した。
孝元(こうげん)天皇(景行(けいこう)天皇を祖先化)と息子の開化(かいか)天皇(日本武尊(やまとたけのみこと)を祖先化)は、親子の妃が伊香色謎命(いかがしこめのみこと;弟橘姫(おとたちばなひめ)を祖先化)で、開化(かいか)天皇の皇后(正妻)である。
日本武尊(やまとたけのみこと)は、父の妾(めかけ)の弟橘姫(おとたちばなひめ)を不倫して寝取って、東海平定に出陣して、東京湾で弟橘姫(おとたちばなひめ)が入水(じゅすい)自殺した。
日本武尊(やまとたけのみこと)は、皇位継承権争いで正妻の弟橘姫(おとたちばなひめ)が大坂で戦死して、先例の神格化・祖先化に共通して、20年以上の僕の歴史研究が求めた成果で、誰も否定できない史実(歴史上の事実)である。
僕が示した神話化と神格化・祖先化・子孫化の2例は、完全な史実・真実・事実で、日本神話と古代天皇家の歴史が共通性を残して、僕が教本の具体例を作り出して、後世の教材として創作した。
神話化と神格化・祖先化・子孫化は、日本神話と作られた過去と未来の物語と史実(歴史上の事実)の三重構造で、よく似た物語を見つけても、現代人(僕以外の人間)がよく似た物語と認識するだけで、僕がよく似る理由が事実(本当のこと)を元に作って、完全な史実を(歴史上の事実)を再現する超感覚の神技(かみわざ)を持つ。
日本の建国年月日と時代区分の概念化
日本の建国年月日は、神武(じんむ)天皇元年1月1日(紀元前660年2月11日)が伝説上の建国記念の日で、神武(じんむ)天皇が実在した証拠がないためで、世界中の国々が建国記念日を知っているが、日本が本当の建国記念日を知らない。
日本の建国記念日は、崇神(すじん)天皇元年1月13日(西暦84年2月中旬頃)で、弥生時代後期初頭の始まった日で、崇神(すじん)天皇元年の84年から神功(じんぐう)皇后の亡くなった摂政(せっしょう)69年の329年までを大和時代と名付けて、僕が定めた時代区分の定義である。
今の古墳時代は、2世紀末から3世紀前半に古墳時代が始まって、纏向(まきむく)石塚古墳から箸墓(はしはか)古墳のどれを最初の古墳か決められず、奈良県の6世紀後半か末頃に前方後円墳が衰退して、欽明(きんめい)天皇から崇峻(すしゅん)天皇の頃で、古墳時代の終わりの崇峻(すしゅん)天皇5年(西暦592年)と合致するが、8世紀初頭頃まで終末期の古墳が作られて、飛鳥時代が推古(すいこ)天皇元年(西暦593年)から和銅(わどう)3年(710年)までで、時代区分の訂正が必要である。
僕は天皇不在の年(西暦330年)から武烈(ぶれつ)天皇32年(506年)までを倭王(わおう)時代と定義付けて、継体(けいたい)天皇元年(507年)から崇峻(すしゅん)天皇5年(西暦592年)までを新朝(しんちょう)時代と定義付けて、新しい血筋の大和朝廷の時代で、新朝(しんちょう)時代と僕が命名した。
世界中の国々は、建国記念日を知って、日本が建国記念日を知らず恥ずかしいが、僕が建国記念日を旧暦で特定して、歴史学者が正しい西暦年月日を特定するヒントを作って、その偉大すぎる功績が人類史上どれほどの大偉業なのだろうか?
僕は『日本書紀』の干支(えと)の年は、2003年7月頃に即位年干支法(そくいねんかんしほう)と命名して、崇神(すじん)天皇元年が西暦84年と確信して、その可能性の否定も十分に考えたが、考古学的証拠をごまかせないと考え至って、建国年月日が確定した。
日中の歴史書解釈の実例
『後漢書』は、「自ら女王国(伊勢国;三重県中部)から西に渡海して、千里余りで拘奴国(くぬこく;熊襲(くまそ)王国:南九州)に至って、全てが日本の民族でも天皇に従属しない。」と僕が訳した。
後漢王朝は、西暦220年に滅亡して、それ以前に邪馬台国(大和国;やまとこく)が朝貢して、『ホツマツタエ』から景行(けいこう)天皇12年から19年(西暦202年から209年)に九州全土を平定して、後漢王朝の滅亡までに朝貢して、『後漢書』独自の記述を記した。
日中の歴史書解釈の合致は、日本武尊(やまとたけのみこと)の熊襲(くまそ)王国の討伐で西暦年をずらして、『三国志・魏志倭人伝』と合致させない偽装工作を作った。
『三国志・魏志倭人伝』は、「その(北九州から四国と近畿などをまとめる国境から)南に狗奴国(くぬこく;熊襲(くまそ)王国:南九州)があって、男性が国王で、その官が県主(あがたぬし)で、天皇に属さない。」と僕が訳した。
同じく『三国志・魏志倭人伝』は、「正始8年(西暦247年)に…狗奴国(くぬこく;熊襲(くまそ)王国)…使者(載斯烏越)たちを派遣して帯方郡に行って、(熊襲(くまそ)王国と)お互いを攻撃する状況を語った。
(王斤は)塞曹掾史と張政らを遣使して、詔書と黄色の旗をもたらして、大夫(まえつぎみ;難升米)に仮に授けて、檄文を作ってこれを告諭させた。」と僕が訳した。
斤は、「斤へん」に頁の漢字で、ホームページで表示できるが注意書きにする。
『後漢書』は、「女王国(伊勢国;三重県中部)から海を渡って、拘奴国(くぬこく;熊襲(くまそ)王国:南九州)に至る。」と僕が訳して、正始8年(西暦247年;景行(けいこう)天皇57年)に拘奴国(くぬこく;熊襲(くまそ)王国)と戦争したと解釈できる。
『ホツマツタエ』は、景行(けいこう)天皇27年(西暦217年)に日本武尊(やまとたけのみこと)が熊襲(くまそ)国王と戦争して、現代人(僕以外の人間)が普通に読んだが、景行(けいこう)天皇57年(正始8年;西暦247年)が正しい年代で、僕が正史(正しい歴史)を再現した。
景行(けいこう)天皇57年8月(西暦247年9月頃)に熊襲(くまそ)王国は反抗して、10月13日(11月上旬頃)に皇太子の日本武尊(やまとたけのみこと)を熊襲(くまそ)の討伐に派遣して、12月(西暦248年1月頃)に九州に着いて、国王の取石鹿文(とりいしかや)を殺して、熊襲(くまそ)王国が滅亡して、28年2月1日(西暦248年3月上旬頃)に皇居の纏向日代宮(まきむくひしろのみや)に帰還した。
『日本書紀』は、仲哀(ちゅうあい)天皇8年9月5日に熊襲(くまそ)王国の討伐を相談したが、記述の正当性があやしく、とっくの昔に熊襲(くまそ)王国が滅亡したと考えられる。
日中の歴史書解釈の実例は、このように示すと古代天皇家の正史(正しい歴史)がはっきりして、『後漢書』の拘奴国(くぬこく)と『三国志・魏志倭人伝』の狗奴国(くぬこく)が熊襲(くまそ)王国(南九州)で間違いなく、日本武尊(やまとたけのみこと;男王:だんおう)の反乱も解釈したい所だが、長くなるのでこれで終わる。
僕の超頭脳と超知識の形成
僕が最底辺から至上の存在へ至ったのは、昔の自分が何の力もないのに歴史研究で能力が目覚めて、生まれ持った感性(天性の才能)が現代人(僕以外の人間)と同レベルの認識力だった小学生高学年の僕だが、前後する僕の人生経験で自身を至高の存在へ押し上げて、決して誰にも求められない神域…日本神話までひもとく才能を生み出したと考えられる。
幼稚園年長組は、恐竜に興味を持って、古代への憧(あこが)れを生んで、小学生中学年が地学を学んで、科学的に求めることを覚えて、小学生高学年で考古学を学んで、考古学的な下地を作って、中学生で超古代文明に興味を持って、古代信仰や神代(しんだい)文字を考える基礎になって、高校で祖父の死に目に会えず、神道などの宗教観念や神様などを考えて、このような僕の人生経験が超天才になった理由と考えられる。
僕は小学生から今まで運動嫌いで、元々の自分の体力が人並み以下で、自分自身が運動しても意味がないとか意識してか無意識にでも色々考えたが、恐竜をきっかけに古代へ憧(あこが)れて、打ち込む興味が開花して、歴史研究でビッグバンを起こして、無限大に広がって今に至る。
歴史研究で僕の圧倒的な超頭脳は、無数の条件をクリアした自分の能力を駆使して、新しい発見を脳内ネットワークで、圧倒的な情報量から組み上げる異常なレベルの結び付きで、現代人(僕以外の人間)が絶対に不可能な物を作り上げて、圧倒的な天文学的確率から生まれた奇跡の超感覚である。
神域をひもとく僕の能力は、地動説や進化論や相対性理論や僕の歴史研究などのコペルニクス的展開、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチや発明王トーマス・エジソンなど超天才たち、そういう存在が生まれる圧倒的な天文学的確率で、僕が数百年から数千年、下手をすると人類が滅びるまでずっと現れない類稀(たぐいまれ)な超天才(超感覚)である。
多くの人間は、元々の眠った才能があっても、目覚めるか分からない人生を歩んで、人生の幾筋もの選択肢から天文学的確率を育てて、自分の才能を見つけて発展して、圧倒的な勝ち組になる。
僕は歴史研究を初めて2004年5月8日の午後2時から3時頃に京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社の海部光彦(あまべみつひこ)宮司に話して、当時の自分が異常で特別な超知識の持ち主と気付かずに対話した。
僕は古代日本史研究で、有名な人として邪馬台国の会に出席して安本美典(やすもとびてん)氏、2012年6月16日に福知山市の三和壮(みわそう)で邪馬台国(大和国;やまとこく)論争の講演をした考古学者の赤塚次郎(あかつかじろう)氏に会って、2人に僕の自論を展開して話して、自分が下地のない凡人(僕以外の人間)に超知識を語る勘違いをした。
2004年7月以前に僕はアインシュタイン博士クラスの超天才と自覚して、その後にアインシュタイン博士以上の超天才と自覚して、人類史上最大最高最強の超天才で、考え方と神様を完全解釈した人類唯一の人間で、自分の異常で特別な才能をようやく自覚して、現代人(僕以外の人間)に理解できなくて当然だった。
歴史研究での出会いは、歴史研究を話した考古学者と宮司だが、僕の高度すぎる超知識が理解できなくて、自分がどんどん特別すぎると自覚して、精神的に追い詰められた。
僕の超頭脳(超知識)の意味は、僕の幼少から大人までの人生経験と歴史研究の日々の積み重ねで、超天才や偉人などと表現するまでに至って、現代人(僕以外の人間)を否定した僕の成長過程を分析して記した。
世界中の歴史上の人物
古代日本史研究を世界でただ一人の解明できる僕の役割は、専門家(考古学界と歴史学界)や現代人(僕以外の人間)が正しく理解できる根拠を示して、世界中に公表する正しい知識とすることで、日本だけでなく世界中で勘違いするのが歴史上の人物が過剰に功績を残したと改竄(かいざん)したり、非実在説などの考え方である。
古代日本史は、卑弥呼(ひみこ)や日本武尊(やまとたけのみこと)や聖徳太子(しょうとくたいし)などで、世界史なら釈迦(しゃか;ゴータマ・シッダールタ)やイエス・キリストなどで、2022年4月8日に聖徳太子(しょうとくたいし)が亡くなって1400年目に当たる。
卑弥呼(ひみこ)は生没年不明で、西暦180年代頃に女王になって、卑弥呼(ひみこ)の男弟(だんてい)が邪馬台国(やまとこく;大和国)を直接に統治して、西暦247年に狗奴国(くぬこく;熊襲(くまそ)王国(南九州)と戦争して、その頃に亡くなったとするが、一生現代人(僕以外の人間)に求められない。
卑弥呼(ひみこ)は、僕の歴史研究から古代天皇家の倭姫命(やまとひめのみこと)で、垂仁(すいにん)天皇12年9月16日(西暦163年10月中旬頃)に生まれて、垂仁(すいにん)天皇25年3月8日(西暦176年4月上旬頃)に伊勢神宮の斎王(さいおう;太陽神に仕(つか)える未婚の皇女)になって、天皇不在の年10月7日(西暦251年11月上旬頃)に88才で亡くなって、生涯独身だった。
倭姫命(やまとひめのみこと)は、天岩戸隠(あまのいわとかく)れ以前の天照大神(あまてらすおおみかみ)に神格化して、女王でなく一皇女で、甥(おい)の男王(だんおう;日本武尊(やまとたけのみこと)に殺されたと考えられる。
日本武尊(やまとたけのみこと)は、最初に子碓尊(おうすのみこと)と言う名前で、特別扱いの皇子で、父の景行(けいこう)天皇の命令で、熊襲(くまそ)王国(南九州)を攻めて、熊襲(くまそ)国王から「やまとたけ」の呼び名をもらって、東日本の蝦夷(えみし;天皇家に従(したが)わない一族の蔑称(べっしょう)の討伐に行って、その途中で毒蛇に咬(か)まれて、悲劇的英雄として亡くなったとされる。
日本武尊(やまとたけのみこと)は、僕の歴史研究から景行天皇2年12月15日(西暦193年1月中旬頃)に生まれて、皇太子だから特別扱(あつか)いで、父の妻を寝取る不倫をして、熊襲(くまそ)国王から「やまとたけ」の呼び名をもらって、東日本の平定に旅立った翌月に父の景行(けいこう)天皇が亡くなって、西暦251年(天皇のいない年)に皇位継承権争いを起こして、偽(いつわ)りの日本武(やまとたけ)天皇に強行即位して、結果的に出雲王国(物部(もののべ)氏)に亡命した。
出雲王国に亡命した日本武(やまとたけ)天皇は、邪馬台国(やまとこく;大和国)の息子の仲哀(ちゅうあい)天皇から政権奪取して返り咲こうとしたが、仲哀(ちゅうあい)天皇9年神無月17日(西暦260年11月中旬頃)に逆賊として戦死して、偽(いつわ)りの日本武尊(やまとたけのみこと)の歴史を改竄(かいざん)した。
聖徳太子(しょうとくたいし)は、系図から厩戸王(うまやどのみこ;聖徳太子(しょうとくたいし)の幼名)が実在して、叔母(おば)の推古(すいこ)天皇の摂政(せっしょう;天皇に代わって政治する役職)になったが、後世の天武(てんむ)天皇が国史編纂(へんさん)で、「聖(せい)なる徳(とく)の太子(たいし)」と名付けて、色々な功績を残した超人になったと考えられる。
聖徳太子(しょうとくたいし)は、622年4月8日に亡くなって、2022年が1400年目で、『随書』から遣隋使(けんずいし)が西暦600年にもあったが、『日本書紀』で西暦607年が最初と勘違いして、『随書』の記録から冠位十二階があったけれど、中国の制度のパクリで、十七条憲法が西暦604年の成立が疑問で、後世に作られた可能性があって、聖徳太子(しょうとくたいし)の功績の多くが作り話と考えられる。
釈迦(しゃか;ゴータマ・シッダールタ)は、1898年(明治31年)に釈迦(しゃか)の分骨した8個の墓(はか)の一つが見つかって公表して、実在を証明して非実在説が否定されて、1904年(明治37年)に名古屋市に釈迦(しゃか)の遺骨が分けられた寺ができて、覚王山(かくおうざん)日泰寺(にったいじ)である。
釈迦(しゃか)の遺骨があるなら、遺伝子で釈迦(しゃか)やシャカ族の謎がひもとけるかもしれない。
イエス・キリストは、イエスが系図などから実在して、キリスト(救世主)が作り話で、聖母マリアが処女懐胎(かいたい)でなく、兄弟姉妹が何人もいるから否定して、ナザレのイエスなど何人もの聖人の話を集合して作ったのが『聖書』のイエス・キリストと考えられる。
イエス・キリストは、系図などから実在の人物と考えられるが、キリスト(救世主)の物語が歴史上の複数人の功績を一人にまとめた創作と考えられる。
このように世界中の歴史上の人物は、後世の人間が勝手に改竄(かいざん)や勘違いや偽装工作をして、偶像崇拝(アイドル化)してしまって、生み出された人物像が多く存在すると考えられて、僕の歴史研究が古代天皇家の歴史のそんな改竄(かいざん)した歴史と本当の正史(正しい歴史)を選(え)り分ける作業で、それらを考え方を頭の隅(すみ)に置いて、理解する必要があって、2022年8月23日に書き直した内容を基本にして、2026年2月7日の午後11時12分に再修正(一度修正した物をさらに修正すること)を終了した。
<参考文献>
『完訳秀真伝』
編著者・鳥居礼 発行・八幡書店
『日本書紀(上)全現代語訳―全三巻―』
著者・宇治谷孟 発行・株式会社講談社
インターネットの不明サイトから少々拝借
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